雑多

色々書く

救いの花

 

遭逢

六月、降り止まない雨に終始うんざりしていたように思う。

梅雨入り間近、俺を拾ってくれた上司はいざこざに巻き込まれて亡くなり、唯一の部下である俺が引き継いで一人でこの「掃除屋」を営むことになってしまったのだ。感傷に浸るのもそこそこに、当然のように依頼はやってくるし仕事はこなさなければならない。

人一人、いつものように殺して後始末を済ませ帰路についた。代わり映えしない、何でもない日常。強いて言えば六月に入ってから止まない雨の匂いと共に、甘い梔子の香りが漂っていた。

ビニール傘が雨粒を弾く。人目のつかない路地裏で、大きな黒い塊を視覚に捉えた。好奇心というものは大人になっても無くならないものだと改めて知る。

興味本位、良心が動いた、なんとなく…なんて、言い訳ならたくさん思いつくがこの際何だって良かった。

鼠色の空と路地の壁をバックに、それは微動だにしなかった。早まる雨足を気にもせず、このまま死んでもいいような、そんな雰囲気さえ出ていた。

「どうしたんだ、お前」

傘を傾けて雨が当たらないようにしてやる。ようやっと持ち上がった顔は、あまりにも目が死んでいて、どこか昔の自分に似ているような気がした。

さながらボロ雑巾のような姿で蹲るその姿に同情をしたのがきっかけで、それはあまりにも突然で、運命のようで。俺はこいつを拾い、こいつは俺についてきた。ペットと言うには些か大きすぎるような気もするが、意思疎通はできるし言うことも聞くので、その時の俺はいい拾い物をした、くらいにしか思わなかったのだ。

「人を、殺したんです」

そう言って俺を見つめる目の前の死に損ないに、そうか、とだけ答えて手を差し伸べた。

何の希望も見出せないこの世界で、少しくらいはお前を信じてくれる奴がいることを教えてあげたかったのだと、その時の俺は語る。

立ち上がったその時、二週間も続いた長雨がようやっと止んだ。雲が晴れて月が覗く。後ろについてくるその存在感に少し笑みを溢しながら、家路へと急いだ。

 

その男は「藤」とだけ名乗った。真っ黒で硬そうな髪質、ガタイの良い体つき、動かない表情筋。黒のズボンに黒いインナー、黒いモッズコート、どうみても怪しさ満載だ。

靴もコートも全身びしょ濡れで、なんだか気持ち悪そうに歩いていた。どんな経緯で人を殺してあそこにいたか、なんて正直そこまで重要ではなかった。ただ、帰る場所がないとポツリと呟いたその言葉に反応してしまい、あろうことか俺の家くるか?などとこちらも人のことを言えないレベルの怪しさを醸し出してしまった。俺の良心は一応まともだった。

隠れ家兼事務所の家は、実際住むところは地下にある。梅雨は低気圧で最悪だが防音で、どれだけ音楽を流しても文句を言われないので気に入っている。そこそこ広い部屋は元々死んだ上司と同居していたが今はもう俺一人で持て余している有様だ。ペット一人増えたところでどうってことない。

鍵を開けて地下へ続く階段へと降りる。とりあえず風呂に入らそうと思ったがこのずぶ濡れのまま部屋に上がらすのも後から面倒臭い。

「よし、脱げ」

「え、ここで……?」

「そーだよ、早くしねえと風邪引くぞ」

玄関口でもぞもぞと脱ぎ始める藤の服を受け取ってそのまま洗濯機に突っ込む。パンイチになった藤にタオルを被せて風呂場へ案内した。

なんだか捨て犬を拾ったみたいだな、とさっきからペットのような扱いをしていることに笑えてくるが、似たようなものだ。

煙草を吸いながらコーヒーを飲んでると藤が腰にタオルを巻いて出てきた。  

「なんか履くもんないすか」

「あ〜まって新品の出してくる。明日揃えねえとなあ」

「…すんません。ていうか俺、本当にここに居させてもらっていいんですか」

無精髭を剃り、髪も顔も身体も洗った藤は小綺麗になった。またもや犬猫を彷彿させて笑えてくる。

案外謙虚なことを言うんだな、と感心しつつ、新しいパンツと上司が昔の使ってたスウェットを投げ渡した。

「拾ったもんは最後まで面倒見ねえとな」

「俺のこと犬か何かと思ってます?」

くく、と喉を鳴らして笑う藤を見て、お前もちゃんと笑えるんだな、なんて嬉しく思ってしまった。

タダで居させてやるとは言っていない。この稼業に道連れにしてやる、なんて今の状況では言えはしないけど、追々教えていこう。これからのことも、自分のことも。

「ようこそ、藤くん」

「…お世話になります。万年青さん」   

斯くして、俺と藤くんの楽しい楽しい「掃除屋」生活が幕を開けたのだった。