雑多

色々書く

本庄と芳村

 

典型的なネグレクトだと思う。俺はまともに親というものに育てられてこなかったし愛情というものを知らなかった。とりあえずこの家は早くでないと行けないとすぐに悟った俺は、中学生の頃からすでにお金をどう稼ぐかということはわかっていたし、多分あの頃からどこかおかしかったのだと思う。おかげで貞操観念はぶち壊れて金銭感覚はガバガバのアバズレに成り下がっちまったわけなんだけど。それでも世の中は金、という方程式は間違っていないと思ってるし、まぁ結局は金なのだ。金。
一人暮らしの資金をまず集めた。決めた時には俺の行動は早かった。中学生なんてまぁ珍しいとおっさんは群がったしお金はアホみたいに入った。馬鹿みてえに働くより自分の身体を売る方がどれだけ楽か、中学生にして思い知らされたのだ。
そんなことはつゆ知らず、高校進学はさせてくれた親に感謝こそすれ一人暮らしするからという俺の言葉は見事に聞き流され、放任主義もいいとこ俺は中学卒業後親の認知も怪しく家を出たのだった。
いや普通お金の出所だとかこれからの資金がどうとかむしろ反対されるかととかあれやこれや心配し…てたわけじゃなかったから都合は良かったのだが。俺はこの身体と引き換えに、晴れて自由の身を手にしたのだ。万歳。
そして引っ越し完了まで全部一人で行い、俺は自分の自立心に感動した。ネグレクトの親を持つと家事掃除料理はお手の物になるのだ。それがいいことか悪いことかは微妙なとこだがこのスキルは後々役に立つなあと、ポジティブに考えた。
春。四月。俺は高校進学を果たす。ようやく幸せになれるかなあと胸を高鳴らせ、それでもきっと変わらないものもたくさんあるとどこか自嘲気味に足を運んだ。


「おじさん、もう帰るからね。いちくん、お金ここに置いとくから。学校遅刻しないようにね。じゃあ」
「ん、」
低血圧なのは相変わらず、寝起きは最悪。ベッドから手だけ出して手を振る。
相変わらず身体を売ることでお金を作る生活を送っている俺、幸せライフはどこへやら。まぁそうでもしないと生活できないのが現実で、だがせこせこ働く気にもなれなかった。
今更そんな真面目になんてなれないし、自分が気持ちいいことは変わりはないので。きっとこのままちんこを突っ込まれて生きていくのだ。
彼女もできないし、っていうか男とセックスして金稼いでるやつに彼女なんてものできるはずないんだけど、四月はこのまま過ぎて行きそうで、ぼんやりと部屋の天井を見つめる。とりあえず風呂。
しかしまだ知り合いにバレていないところ、俺もうまくやるもんだ。いつクラスメイトにバレてもおかしくない状況の下、ギリギリの綱渡りをしているようなもので。名を変えて連絡を取ったり相手の情報は洗いながら、何とか上手くやっている。もうこれで稼ぐしか生きていけないのでは、と俺自身も心配する程で。暫くしたらコンビニだとかでバイトでもしようかと考える。
いちくん、"いち"という名は本名の本庄一弥の一を取っただけ。自分でも適当すぎだろと突っ込んでいるがまぁ気に入ってる。
ヤってる最中に自分の本名連呼させられるよりはマシといえばマシだ。
「さーて学校行きますか」
風呂から上がり、髪を乾かす。わりと上客だったからラブホじゃなくていいホテルだった。駅からも近くて、そういう気が利くところがわりと気に入ってるおっさんの一人。既婚者じゃなければさらに株は上がっていたのだが。まぁそんなもんだ、世の中というものは。封筒に入ってる金はいくらだろう。気怠げに荷物を持って携帯の時刻を見る。遅刻は確定だった。金額確認は学校でしようと、足を急がした。


「おはよーございます」
「遅刻だバカ、入学して何回目だいい度胸だなあ本庄。ついてこれなくて泣きを見るのはお前だぞ」
「まーまー、落ち着いてくださいって。入試トップ舐めないでくださいよー」
案の定遅刻した俺はサボることなく堂々と登校。教室に入るとこめかみをピクピクさせてる担任。クラスメイトの注がれる視線。まぁこれが一回ならまだしも入学してから2週間、遅刻欠席早退サボり合わせると7回はやらかしてる。そろそろ指導が入ってもおかしくないなあとどこから他人事のように思いながら、これからは真面目に行こうかなと考える。
そうは言っても入試トップなのは間違いではなく、俺に愛情を与えなかった親も神様も学力だけはと備えさせてくれたのだろう。あとただ単に勉強しかすることがなかったし、金稼ぐ前…小学生だとか中学生活前半は親のせいで遊ぶものも無かったからこうなるのも仕方はない。大学だとかに行く気はないが勉強しといて損はないと思っていたし、ケツで金稼いでる時点で下に見られてるのは分かり切ってることだ、その上馬鹿だったら救いようはない。そもそも生活の大半は家事に回されていたからずっと勉強していたわけではないが、まぁ授業を受けて教科書読んでりゃできるもんで、要領良く生きる技術はなんとか持ち合わせていた。
「一弥おめーまたかよ」
「んー、まだ眠いわ…昼は俺眠る…」
「あいよ、明日はこいよー」
「あーい」
後ろの席の高校で初めて出来た友達、山口悟に小声で話しかけられる。昼休みはいつも他クラスの愉快な仲間たちと遊びのバスケで汗を流して楽しんでいるけれど今日はむり、金を数えます。あとマジで眠い。
…そう、俺は男とセックスして生活している部分を除けばそこら辺の男子高校生と変わらない生活を送っているのだ。
我ながら擬態がうまいなあと感心している。
山口はバスケ部の推薦枠で入学していてまぁこう、控えめに言わなくても馬鹿なのだが、入試トップの俺が案外こんな性格だったので気に入ったらしい。よくわからん。でもきっと期末で泣きつかれるのは目に見えている。顔はそこそこイケメンだがおれのタイプではない。っていうか俺は別にゲイってわけじゃない。つーか彼女が欲しいんだよ俺は。
シャーペンでノートにガリガリと落書きを書く。暇だ。ここの単元は入学前に終わらせてある。ぼけーっとしながら窓の外を見た。今日は特に何もない日で、明日は確かどこかの社長さんと飯を食いに行って…そんなことを思い出しながら時間は過ぎていき、気づいたらチャイムが鳴った。待ちに待った昼休みだ。
「んじゃー俺は寝に行くわ」
「5限はサボるなよー。体育バスケだからな」
「でたバスケ馬鹿」
「うるせーよ!」
鞄を掴み、教室を出る。普段屋上は閉まっていて開かないようになっているがピッキングの技術がある俺には鍵なんてないようなものだった。流石に盗みなんかはしないが、このくらいなら許してほしい。
重たい鉄のドアを開けると青い空と殺風景な風景が目に映る。そのど真ん中まで我が物顔で歩いて行き、鞄を放り投げて枕がわりにする。硬いコンクリートが身体を受け止める。春の心地の良い風がふわりと屋上に桜の花弁を運んだ。
眠気には勝てそうにないがまずはやることがある。おもむろにブレザーのポケットから煙草を取り出してライターで火をつけた。煙を吐き出しつつケツポケットにねじ込んである例の封筒を取り出す。
「今日はいくらかな〜」
指で札を弾きながら数えるのももう何回めだろうか。通帳にどんどん溜まっていくお金は俺に余裕を与えてくれる。お金は俺を裏切らないのだ。
8枚入ってた紙切れを財布に突っ込む。今日も上々の結果だ。
短くなった煙草を屋上の床に擦り付け、仰向けに寝転ぶ。俺はそのまますぐに寝落ちたのだった。

 

4月も過ぎ、ゴールデンウィークも終わり5月半ば。俺は相も変わらず同じ生活を繰り返してた。少し変わったことといえばバイトの求人雑誌が部屋の片隅に置いてあるくらいだ。
部活も帰宅部でウリをしない日は部活休みの友達と放課後に遊んだりまあまあ充実な生活を送っている。
そろそろ指導が入ると面倒くさいと察した俺は真面目に学校にきているし、サボりもそこそこに勉学に励んでいる。普通の学生となんら変わりない。
しかし最近妙に視線を感じることがあるのだ。女の子だったら俺に気があるのではと友達に相談をするものだが、たぶんそれは男で、いや間違いなくクラスメイトの男だった。
確か名前は芳村啓吾。口数が少なくて表情筋が硬い、そして真面目。いかにも運動部をやってそうなガタイの良い男。見るからに俺と真逆そうな性格で硬派な印象。でも確か帰宅部だった気がする。俺の印象はその程度で、俺のいるグループとは特に関わりはない。
「芳村、か」
それも好意という訳でも嫌悪の目でもなく、興味、あるいは監視、か。もしかしたら俺のしてるコトがバレてるのかもしれないが。ここで俺から意識しだしたり話しかけたりすればきっとこいつは深く追求してくる。そんな面倒臭い事はごめんだ。俺は知らないふりをしようと決め、視界にあまり入れないようにした。
しかしその数日後、事件は起きた。

繁華街のラブホテル、そんな安っぽいラブホテルで久しぶりに会ったおっさんとヤり終わった後だった。制服を着たままなんて失態は犯さない俺はしっかり私服に着替えて出た。いつもだったら朝までコースだが最近の俺は真面目になったもので終電までには家路に着くようにしている。携帯をいじりながら歩いていると、男にぶつかった。どう考えても俺が悪い、すみませんと下げていた頭をあげるーー、するとそこには見覚えのある顔があった。
件の男だ。クラスメイトの芳村。血の気が引いた気がした。こんな所で、一体。まさかラブホなんかに用があったわけではあるまい。もしかして俺を尾けて、いやそんなバカな。そこまでするほど俺はこいつと、警戒した通り関わってもいないのに。どうして、
「本庄ーーこんな所で何をしてるんだ」
「いやこっちのセリフなんですけど…………」
「俺は………、別に。どうでもいいだろ」
「いやよくないからな?!尾けてた!?何俺のこと好きなの?!」
思わず声を上げてしまった。何故なのか、と詳しくいうつもりは無さそうな芳村の態度にイラッときてしまった。こんなこと言うつもりはなかったし、いつもの俺なら上手く躱して逃げれたのに。この場を上手く収束させる方法などこの時の俺には全く頭になかったのだ。
しかしもうこれ以上ここにいるのもまずい、こいつは制服姿のままなのだ。学校からそのまま尾けてきたのだろう。よく警察に補導されなかったものだ。馬鹿なのか。
「とりあえずこっちこい!帰るぞ!」
グイグイと芳村の腕を引っ張る。もうなんなんだよ一体最悪すぎるだろ。
本当はたくさんの言い訳を用意していたはずなのだが、もうここまできたら戻れなくなってしまった。俺の不用意な発言の所為で。なんとも俺らしくないことをした。気が動転していたーーだってあの、あの芳村が。いやまあ元々の監視されてるような視線は感じていたが。ここまで行動的なやつだとは思っていなかったのだ。
「本庄、おい、本庄」
「何、アンタ制服でこんなところウロウロしてたら捕まるかもしんねえの。早くここから離れてーー」
「その、終電が、なくなってしまって」
アアアアもう嫌だ……最悪……そして見捨てられない俺も最悪……俺の所為?なのか、少し罪悪感を感じてしまうくらいには良心はあったもので。駅について眉毛を下げながらそう言う芳村にクソ、犬見てえに…!と若干震えながらはぁ、と溜息を吐いた。
「あぁもう、じゃあ今日はもう俺の家泊まれよ。一人暮らしだし、聞きたいこと聞けてないし……」
「一人暮らし、なのか」
「そ、だから問題ないって。親に連絡して、俺の方面はまだ終電残ってるから」
俺を待っていた所為で終電を逃したなんてなんとも目覚めの悪い。ダチですら一人暮らしのことは言ってないのになんてことだ。言いふらすようなやつではないことはわかっているが、もう面倒ごとは嫌いだ……
揺れる電車では終始無言で、最寄駅に着き自宅のアパートに帰る途中にコンビニに寄り飯を買った。
芳村は何か言いたげな表情で口を開いてはぐっと噤んでいた。聞きたいことは山ほどあるのだろう。こんな俺に興味を持つこいつの感情は一体どこからきたのだろう。お人好しなのか、好奇心なのか。
アパートに着き、鍵を開ける。
「とりあえず飯食おう。腹減った」
「あぁ……」
キョロキョロと部屋を見渡す吉村に座れと促す。テレビはつけなかった。すでにレンチンしてある弁当を開けてお互い手をつけ始める。
沈黙を破ったのは、彼方からだった。
ペットボトルのお茶を飲んで、一息。上擦った声が頭に響く。
「本庄は、……その、援助交際、してるのか」
「……アンタほんと直球だな……もういいや、否定はしない。それで稼いでんだよ、俺。見損なっただろ。入試トップがこんなんでさ」
「……」
ヘラりと笑いながらシャケをつつく。援助交際ーー聞こえは悪いが実際そうだ。でもそうやってお金を稼がないと生活はできないし、もう生活の一部となってしまっているこの行為を俺はやめる気はなかったし、セックスが純粋に好きだったから、それで良かった。
ただそれを指摘してくるやつに出会ったのは初めてで、俺はなんともいえない気持ちになる。親でさえ関心を向けることがなかった俺のことを、こいつは。黙ったままの吉村に俺は気になっていたことを尋ねた。
「次は俺の質問、どこで気づいた。完璧に隠してたはずだったんだけど」
「あぁ……金を…、数えてるところを見たんだ」
「あ〜〜……いやでもそれだけで気づくかフツウ……安直すぎだろ俺男だし」
「あと、何だろうな。雰囲気が、時々変わる、というか。その、言葉にできないのだがー」
「はは、アンタ口下手そうだしなあ。よく俺のこと見てたけどそういう事?」
「いや……!俺はただ、心配して、」
顔を赤くして訂正する芳村に少し笑ってしまった。雰囲気ってのがフィーリングすぎて理解できないのだが。そうか、金を数えてるところを見られてたのか。まぁ我慢できずにトイレとかで中身見てたこともあったしな……迂闊すぎるぞ俺。
でもまあ見られてたのが芳村で良かったかもしれない。こいつは超のつくお人好しで世話焼きなのだ。
食べ終わった空の弁当を捨てて煙草に火をつける。もうここまで来たらこいつに何を知られてもいい気がした。
「芳村もさぁ、こんな男に抱かれてる男なんかを構ってないで別の事でもすれば?部活とかさ……アンタいい身体してんじゃん」
「……部活は、中学までしてたんだ。怪我をしてしまってーー諦めた」
「……そうだったんだ、ごめん」
「別に…………」
う、こういう沈黙はきつい。しぬ。
怪我、か。だから帰宅部だったんだなと納得する。
「でも芳村もよくやるよな、ラブホ街まで尾けるか普通……しらばっくれるしよ」
「それは…悪かったと、思ってる。ただ、俺は、」
「何、やめて欲しい、とか?」
何となく、その後に続く言葉がわかった気がした。図星だったのか言葉を黙らせる芳村。そんな事だろうと思っていたが。ほんと、実はこいつ俺に気があるんじゃないかって思ってしまう。
でもここでその事について話し合うなんてまっぴらごめんだし。とりあえず俺は眠いんだ。明日も学校だし限界。短くなった吸い殻を灰皿に押し付ける。
「もうさ、聞きたい事とかお前もあるだろうけど放っておいてくれ。とりあえず今回だけ。もう眠いし寝ようぜ」
「でも、俺は」
「頑固だな……なに、俺を抱けば気がすむわけ?」
挑発するようにそう聞いてしまうのは俺の性なのだろうか。こいつとそうなりたいわけでもましてや友達になろうとすら思っていなかったのだけど。こいつの妙に熱い視線や、赤く染める頰に当てられたのかもしれない。
そして、……こう言ってはなんだが芳村の身体はすごく、すごく俺のタイプなのだ。クラスメイトとヤるなんてそんなリスクは死んでも抱えないが、でもやっぱりこの身体に抱かれてしまったら、などと考えてしまうのは俺の貞操観念がとうの昔に無くなっているからであって。
どうしても気になってしまう。職業病かよと一人で突っ込んでしまう程には冷静さは欠いていなかった。
「本庄、」
「なん、だよ」
熱い眼が突き刺さる。冗談めいたその言葉を本気で受け取るのがこいつなのだ。