雑多

色々書く

愛というものはそもそも、誰にでもあるものだろうか。ふと考えたその疑問はこの暇な講義を退屈させない為に考えついたどうでもいい自分への提議だった。そんな漠然として薄っぺらい内容しか思いつかないのは致し方ないとして、私はシャープペンをくるくると回しながら「愛」というものを熟考した。小さい頃、両親から名一杯注がれていた筈の「愛」に応えられたかと言えばこの状況で解は出ないし、案の定初恋は叶うこともなく、自分を好きになってくれた人を好きになることはこの20年間一度もない。ただ自分の注いだ「愛」を同じように返してくれると気づいたその時だけ高揚して、しかしそれは一気に冷めていった。これは果たして、「愛」を持っていると言っていいのだろうか。他の人の「愛」とは、どうだろうか。不倫、浮気なんて井戸端会議の話の種になるのが関の山、そんな歪な「愛」が私の考える「愛」とは同列になどしたくはない。そこまで考えてこの「愛」は一括りになんてできないということに気づく。慈しむ心、大事なものとして慕う心、それが「愛」というならば、私が応えられるものなんて、人間に向けて得られる感情ではない。「好き」だなんてよく言えたものだ。嘘でも好きなんて言えたらそれは、どう作用して心に響くのだろう。安心感を得たいのなら、言葉にするだけでどうにでもなるのなら、それは「愛」という言葉で綺麗に片付けていいものなのか。道徳の答えに同じものがないように、これは人によって千差万別、それこそ全人類全員が違う答えを持っているに違いない。「愛」を定義するには些か理解に苦しむことばかりではないか。しかしそう考えると私の考える「愛」とは別の解釈の「愛」は存在するはずだ。ただそれは、異性に感じるもの、同性、友愛、家族愛、動物愛、など多岐に渡るものだろうけれど、それすらも持たない人ももしかしたらいるのではないか。いないとは断言はできない。大凡想像できるのは自分が今まで「愛」を貰ったことがないか、それとも自覚がないのか、それともそれが「愛」とわかっていて拒否をしているのか。自分なんかに必要がないと言い切って生きている人もいるのではないか。それはどの「愛」にも属さず、それを客観的に見ては切り捨てることができる。無条件で見返りがないもの、と言い切ればわかりやすいが、そうとはいかない。これが「愛」とは誰にもわからない。自分にしかわからない。寂しいものだ。「愛」というものは。

救いの花

 

棚ぼた

俺と藤の生活が始まって一週間が経った。気づいたことが一つ、藤はわりとハイスペックだった。棚からぼた餅とはこのことだ。

俺の苦手とする家事、炊事をやらしてみると、器用にこなすその姿。拾った犬は存外有能なペットだったのだ。

この器用さなら掃除屋稼業も案外簡単にやってのけるんじゃないかと期待してしまう自分がいるが、それはまだ時期尚早だろう。そもそもそういうことができるタイプなのかも見定めないといけないのだ。ぶっちゃけ人を殺したことがある、と言ったあの言葉でいけるかもしれないと既に自分の中では決定しているところはあるのだが。

出会った初日人を殺してあんなにやつれていた藤は、風呂に入らせてデリバリーのピザを頼むと速攻で全部食べて寝やがったのだ。この肝の座りっぷり、人を殺した人間とは思えない。

順応性もあるし細かいことも得意そうだ。あとは技術を身につけさえすれば俺の助手にはぴったりなんじゃないか。

などと藤の作ったオムライスを食べながら妄想をしていると、目の前に座る藤が怪訝そうな顔で俺を見つめてくる。

「万年青さん、アンタ…」

「な、何だよ」

「こんなに掃除も料理も家事もできねえなんてアンタそれでも20半ばか?!俺はマジで心配して言ってんですよ。俺がいない間どうやって生活していたんですか……怖くて想像もできないですけど」

「そっちかよ」

「他に何があるって言うんですか」

相当俺の駄目人間っぷりがわかってしまったらしい。藤はスプーンを震わせて立ち上がってそう捲し立てたと思いきや、すぐに落ち着いてオムライスをつついた。

俺の生活能力の無さはたぶん他人に任せっきりの人生を送ってきたからに他ならないが…まさか親より怒られることになるとは。

俺の妄想がバレたかと思って焦ったが、藤はぷりぷりと怒りながらトマトスープをすすっている。俺がご馳走様。美味しかった。と言えばお粗末様でした!と返してくれる。案外いい相棒になるのでは…?とやはり俺は期待してしまう。もういっそのこと言ってしまおうか。準備は早いに越したことないし、藤がいれば色々な依頼も受けられるかもしれないし。

ソファに座って藤の入れたコーヒーを啜る。相変わらずうまい。

キッチンで洗い物してる藤に意を決して名前を呼ぶ。

「あのさ〜藤くん」

「何ですか。食後のデザートにプリンありますけど食べますか」 

「わ〜い食べる。……じゃなくて。真面目な話なんだけど」

「えっ…何すか、もしかして食費のこと……」 

「ちげぇよ育ち盛りは死ぬほど食べろよ」

中々話が進まない。藤はもうこの家から追い出されることはないと思ってんだろうなと察してしまう。それもそのはずだな、と自分の駄目っぷりに落ち込んでしまいそうになった。

仕切り直して、ローテーブルの近くにあるクッションに腰を落とす藤に視線を向ける。

煙草に火をつけてゆっくり煙を吐き出した。

「藤くんはさぁ、俺のやってる仕事のこと知らないよね」

「あぁ、まぁでもまともな仕事ではないような気はしてますけど」

「ふ、そうだね。まぁ単刀直入に言うと掃除屋…人を殺す仕事をしてる。他にも犯罪レベルのことは色々やってるし、マフィアのファミリーやらギャングやらの付き合いもある。その下請けをやったりな。前まで俺と上司の2人でやってたんだけどさ、ついこの間その上司がいざこざに巻き込まれて死んじまって…一人になっちゃってさぁ。困ってたところに藤くん、アンタを拾ったわけ。……ここまで言えばわかるよね」

中々端折りながら説明したが、ここまで言えばあとは何を求められるかわかるだろう。

灰皿に煙草を押しつけて二本目を取り出す。藤は座ったまま動かない。

これで無理と言われても別に追い出す気はないが、やってくれたら嬉しいかな〜なんて、

「いいすよ」

「え?……え?マジで?簡単に言うじゃん」

「いやさすがに嘘だろ?ってなってますけど…。一緒にその仕事やってくれってことですよね?…まぁ俺にその才能があるかどうかわかんねえすけど、一応恩は返すんで。つーかもう腹括ってます」

「うそ〜マジか〜。そっか、……よかった」

「それだけですか?プリン食いましょう」

「お前もしかしてプリン食いたかったからこの話早く終わらせたんだろ………」

「気のせいです」

こいつはやっぱりこの仕事に向いてるかもしれないと確信した1日だった。

安堵の溜息を漏らす。ようやっと前に進めるな、これで。

冷蔵庫からプリンを持ってきた藤は年相応の顔をしていて、少しの罪悪感はあれど、新しい相棒に喜んでいる自分がいた。

そして相変わらずプリンは美味しかった。

 

 

救いの花

 

遭逢

六月、降り止まない雨に終始うんざりしていたように思う。

梅雨入り間近、俺を拾ってくれた上司はいざこざに巻き込まれて亡くなり、唯一の部下である俺が引き継いで一人でこの「掃除屋」を営むことになってしまったのだ。感傷に浸るのもそこそこに、当然のように依頼はやってくるし仕事はこなさなければならない。

人一人、いつものように殺して後始末を済ませ帰路についた。代わり映えしない、何でもない日常。強いて言えば六月に入ってから止まない雨の匂いと共に、甘い梔子の香りが漂っていた。

ビニール傘が雨粒を弾く。人目のつかない路地裏で、大きな黒い塊を視覚に捉えた。好奇心というものは大人になっても無くならないものだと改めて知る。

興味本位、良心が動いた、なんとなく…なんて、言い訳ならたくさん思いつくがこの際何だって良かった。

鼠色の空と路地の壁をバックに、それは微動だにしなかった。早まる雨足を気にもせず、このまま死んでもいいような、そんな雰囲気さえ出ていた。

「どうしたんだ、お前」

傘を傾けて雨が当たらないようにしてやる。ようやっと持ち上がった顔は、あまりにも目が死んでいて、どこか昔の自分に似ているような気がした。

さながらボロ雑巾のような姿で蹲るその姿に同情をしたのがきっかけで、それはあまりにも突然で、運命のようで。俺はこいつを拾い、こいつは俺についてきた。ペットと言うには些か大きすぎるような気もするが、意思疎通はできるし言うことも聞くので、その時の俺はいい拾い物をした、くらいにしか思わなかったのだ。

「人を、殺したんです」

そう言って俺を見つめる目の前の死に損ないに、そうか、とだけ答えて手を差し伸べた。

何の希望も見出せないこの世界で、少しくらいはお前を信じてくれる奴がいることを教えてあげたかったのだと、その時の俺は語る。

立ち上がったその時、二週間も続いた長雨がようやっと止んだ。雲が晴れて月が覗く。後ろについてくるその存在感に少し笑みを溢しながら、家路へと急いだ。

 

その男は「藤」とだけ名乗った。真っ黒で硬そうな髪質、ガタイの良い体つき、動かない表情筋。黒のズボンに黒いインナー、黒いモッズコート、どうみても怪しさ満載だ。

靴もコートも全身びしょ濡れで、なんだか気持ち悪そうに歩いていた。どんな経緯で人を殺してあそこにいたか、なんて正直そこまで重要ではなかった。ただ、帰る場所がないとポツリと呟いたその言葉に反応してしまい、あろうことか俺の家くるか?などとこちらも人のことを言えないレベルの怪しさを醸し出してしまった。俺の良心は一応まともだった。

隠れ家兼事務所の家は、実際住むところは地下にある。梅雨は低気圧で最悪だが防音で、どれだけ音楽を流しても文句を言われないので気に入っている。そこそこ広い部屋は元々死んだ上司と同居していたが今はもう俺一人で持て余している有様だ。ペット一人増えたところでどうってことない。

鍵を開けて地下へ続く階段へと降りる。とりあえず風呂に入らそうと思ったがこのずぶ濡れのまま部屋に上がらすのも後から面倒臭い。

「よし、脱げ」

「え、ここで……?」

「そーだよ、早くしねえと風邪引くぞ」

玄関口でもぞもぞと脱ぎ始める藤の服を受け取ってそのまま洗濯機に突っ込む。パンイチになった藤にタオルを被せて風呂場へ案内した。

なんだか捨て犬を拾ったみたいだな、とさっきからペットのような扱いをしていることに笑えてくるが、似たようなものだ。

煙草を吸いながらコーヒーを飲んでると藤が腰にタオルを巻いて出てきた。  

「なんか履くもんないすか」

「あ〜まって新品の出してくる。明日揃えねえとなあ」

「…すんません。ていうか俺、本当にここに居させてもらっていいんですか」

無精髭を剃り、髪も顔も身体も洗った藤は小綺麗になった。またもや犬猫を彷彿させて笑えてくる。

案外謙虚なことを言うんだな、と感心しつつ、新しいパンツと上司が昔の使ってたスウェットを投げ渡した。

「拾ったもんは最後まで面倒見ねえとな」

「俺のこと犬か何かと思ってます?」

くく、と喉を鳴らして笑う藤を見て、お前もちゃんと笑えるんだな、なんて嬉しく思ってしまった。

タダで居させてやるとは言っていない。この稼業に道連れにしてやる、なんて今の状況では言えはしないけど、追々教えていこう。これからのことも、自分のことも。

「ようこそ、藤くん」

「…お世話になります。万年青さん」   

斯くして、俺と藤くんの楽しい楽しい「掃除屋」生活が幕を開けたのだった。

万年青と藤くん

 

便利屋、掃除屋業の男2人の話

 

万年青 おもと

便利屋、掃除屋を仕切っている

25歳。7月生まれ。178センチ。B型

チャラい。ヤリチン。女好き。タラシ

よく女に殴られてるけど平気そう

色々だらしない。身なりは整えてる

読書好き。ジャンル問わず何でも読む。読むときは眼鏡

潜入、交渉、工作が得意。変装もする。女装もする

なんでも卒なくこなす。器用貧乏

二丁拳銃。両利き

外面が良い。外交向き。ヘビスモ。

踊るのが好き。歌うのも好き。

よく笑う。パーソナルスペースが狭い

複数の言語を喋れる。頭はいい。博識

危機に燃えるタイプ。車派

無茶しがち。我慢強い。ショートスリーパー

男と寝ることもある。平気。女も抱く

免許はたくさん持ってる。謎の資格たくさん持ってる。ハッキングも得意

顔がいい。自覚してる。見せ方がうまい

 

 

藤 ふじ

便利屋、掃除屋。20の時に万年青に拾われ今に至る

22歳。5月生まれ。189センチ。A型

脳筋。硬派。真面目。趣味は筋トレ

料理が得意。何でも作る

主婦力が高い。家事もやる。オカン

力仕事、最後に仕留める役が多い

好きな食べ物はピザ。何でも食べる

年上の万年青に遠慮がない。時々優しい

恩人とか思ってない。扱いが雑。時々敬語もさん付けもしなくなる

苦労人。スナイパー。主夫。ヘビスモ。

ガタイが良い。でかい。強い。

淡々とこなすがわりと熱い

キレると手がつかない。孤児だった。

案外女にモテる。可愛いとか言われる。

コミュ障。どこでも寝れる。バイク派

毒舌。容赦がない。口悪い。短気。言葉にするのが苦手。

よく食べよく寝る。酒に弱い。

力が強い。握力ゴリラ。りんご握り潰せる

 

出会い

 

 

秋と冬

 

付き合っていないがヤってることはやっている男2人の話
 

矢島冬吾 やじまとうご

大学2-3年生。経済学部

180センチくらい。O型。一人暮らし。冬生まれ

高校の時にバンドを組んでた。ドラム

ボーカルの女の子に告白されて辞めた

元陸上部。長距離

頭は良くも悪くもない。

ノンケ。非童貞。普通に女好き。

人の懐に入るのが上手い。要領はいいがポンコツ

料理が得意で何でも作れる。好きな食べ物は馬刺し、嫌いな食べ物はわかめ

バンドを辞めてからコーヒーを極めていたらめちゃくちゃ詳しくなってしまった

中免持っている。バイクも持ってる

バイトはカフェと居酒屋(キッチン兼ホール)

アクション映画が好き。マーベル作品など

聞く音楽の幅が広い。洋楽も聞く

美人の姉がいるせいで目が肥えてる。面食い

わりとオープンな変態

友達は老若男女問わず多い

面倒臭いことは極力避けて生活してる。来るもの拒まず去る者追わず主義

よく食べよく寝てよくセックス。三大欲求を思うがままに摂取している。酒も飲む

ヘビスモのヤニカス。マルメン

わりと不運体質。立ち位置は陽キャ

謎にチャラい。手を抜くところはしっかり抜く

ガタイがいい。ノリ良い。でも一人は楽

冷める時は鬼のように早い。無害

気づいたら秋二のことは抱けていた。しゅーじ、と呼ぶ

秋二のセックスが一番気持ちいいと思っている

あまり人前で泣かないが秋二の前で初泣きした

広く浅くの付き合いだが秋二のことは気にしてる

秋二の蹴りを毎回受け止められるほどには寛容

 

 

結城秋二 ゆうきしゅうじ

大学2-3年生。教育学部

175センチくらい。B型。母親とアパート暮らし。秋生まれ。

中学の時元ヤンだった。黒歴史

今はバリバリ猫被って生活している。

地元で知らない人はいないくらい有名。今でも目を付けられて復讐される。強い

ボクシングやってた。今は筋トレくらい

頭は良く、高校では上の方。帰宅部だった

バイでネコ。中学時に先輩に抱かれて処女卒

音楽はロキノン系を聞く。たまに勧められて洋楽も聞く

綺麗好きで洗濯掃除が好き。母子家庭の片親なので家事は得意だが料理は苦手

好き食べ物はイカ下足。嫌いな食べ物はピーナッツ

バイトは単発系が多い。最近は専ら塾。家庭教師をやろうかと思っている

友達は少なく一匹狼系。顔がよく頭もいいが人を寄せ付けないオーラを放っている

顔に案外出やすい。謎にツンデレを発揮する

男と付き合ったことはない。非童貞

マイペースで甘党。どこでも寝れる

ヘビスモのヤニカス。マルメン

着痩せするタイプだが鍛えているのでわりとゴリラ

達観している。全然泣かないし感動系映画見ても泣かない

セックスは好き。抱かれるの気持ちい

サスペンス映画、スリラー系が好き

わりと笑うし沸点が低いので周りはギョッとする。キレイに笑う

今まで好きな人がいたことがない。有害

よく冬吾のケツを蹴ってる。とーご、と呼ぶ

冬吾のメシが好き。

 

 

 

二人の出会いや設定

高校2年のクラス替えで出席番号が上下で席が前後だったので話すようになった

冬吾の「シャーペン貸してくれない?」が初コンタクトとなる。普通に貸した

使ってた電車の路線が同じ

秋二がライブスタジオで単発バイトしていた時、当時バンドを組んでいた冬吾と鉢合わせしてから更に話すように

映画の趣味はとことん合わないが音楽の趣味は結構合う

秋二が「何聴くの?」と聞いたところイヤホン片方突っ込まれて熱く語られた

その内タワレコ一緒に行くようになり、フェスやらライブやら共に行くようになる。二人ともゴリラなのでめちゃくちゃ楽しむ

普通に一緒にいると楽だよねという共通意識の元、高2の頃から4-5年仲良く連んでる

同じ大学で違う学部

冬吾が大学近くに部屋を借りたのでよく泊まるようになった。ほぼ住んでる

セックスもキスもハグも気まぐれにするがそこに「好き」とかいう感情はない

お互いめちゃくちゃアウトドアというわけではないので休みは部屋にいることが多い

セックス→映画→飯→セックスという流れ

お互い身体の相性が良いことをわかっている為、中々離れられないし恋人もできない

お互いモテるのに振るからゲイ?って聞かれるがゲイではないので首を振るのがいつもの

わりと距離が近いが無自覚なのである

お互い中学の頃から喫煙者でめちゃくちゃ吸う

同じ銘柄なのでどちらかが交互にカートン買いして冬吾宅に置いてある

秋二がマメなので煙草臭さはそんなにない。よくベランダで吸ってる

冬吾の家はそこそこ裕福なので一人暮らしの割に部屋が広い。テレビもでかい

そろそろベッドもでかいのにしようかな〜と思っている

合鍵は引っ越ししたその日に渡した。引っ越しを手伝って終わって冬吾が蕎麦作ってそれを食べてる時にハイ、って渡された

え?来るだろ?というノリ。あ、うん、と受け取ったが内心マジ?ってなった

冬吾が片付けできない奴なので秋二がちまちま掃除してくれる。洗濯も溜め込まない

しっかりシーツも布団も干すし洗う

休みの日は専らセックス。だって男の子だもん。ライブもたまにいく

レポートが鬼の時はお互い喋らず黙々とこなすタイプ。ちゃんと手伝う

冬吾がバイク持ちなので2ケツして帰ったりバイト迎えに行ったりしている

わりとお互いがお互いに甘いのである

くだらない話もするし無言でも慣れてる

喧嘩も全然しない。冬吾があまりに怒らないので

お互いのムラっとポイントが未だに掴まない。今更女抱ける?とか思ってる

冬吾はつーかもう一緒に住めば?と思っているけど秋二が何だかんだ実家に帰ってるので何で?ってなってる

わりと性格は正反対だが根っこの部分は似ているので一緒にいると落ち着く

冬吾→秋二「不器用だな〜〜」

秋二→冬吾「普通にバカだな」

 

 

追加色々

暇な時に昔を思い出してシャドーボクシングをし始める秋ニにヒェッ…とビビリながらそれを見る冬吾

バンド組んでいた時にコーラスもやっていたので歌がうまく料理作る時や風呂入ってる時に時々歌ってる冬吾とそれ聞いてると落ち着く秋ニ

ぼけーっと煙草吸いながら休日を過ごす

すき家とかマックやピザなどのジャンクなものも好き

時々姿を晦ますことがある秋ニにまたか〜と思うけど特に何もしない。いつものことだしまた戻ってくるだろと思っている

秋ニが未だに昔の復讐の喧嘩を買ってボロボロで帰ってくることには慣れたしなんなら手当ての技術が上がった

大学高校では優等生なので腫れが引くまではサボってるが母親に心配かけさせまいと冬吾の家に居座る

普通に友達だと思ってるし関係性は友達という認識で間違いはないがしっかりやるこたやってるので時々何なんだろうなこれはって思ったりする

秋ニのおかげでケツが鍛えられた

食材の買い物が面倒くさいので自分のためにあまり料理はしないが食べてくれる人がいるとやる気は出る

秋ニがきまぐれに買ってきた料理本を眺めてる

冬吾は暴力とは何の関係もないまっさらな人間なので落ち着く

めちゃくちゃ強い不良だった頃の秋ニはそこらへんの暴走族にも負け知らずだったがどこにも属さない一匹狼だったので未だに勧誘の後が立たない

なまじ頭がいいせいでわりと悪巧みに頭が回る時もあるが冬吾と会ってからはある意味で骨抜きにされた

先輩に掘られてからは俺にもこんな性癖があったとは…と思ったが女抱いてた方が気持ちいだろとそこでは完結したのだが、結局冬吾に抱かれてからは抱かれるのが最高だなとなってしまった

秋ニはわりと我儘だが冬吾は美人な姉のおかげで我儘耐性がある

秋ニの初めてが自分だと思っていたのでそうじゃないと聞いた時は何故かモヤモヤした

映画のありがちなエロシーンでは何もムラッとしないが主人公がボコボコになるシーンで謎にムラッとすることがあるので本当に謎

秋二はミステリーとか読むの好き。冬吾はヤンジャン立ち読み

冬吾は陽キャなので飲み誘われるわ合コン誘われるわ海やプール、BBQなどにも呼ばれるしコミュ症ではないので行けるには行けるが普通に家に篭ってセックスした方が有意義って思ってるので上手く躱す

その度に秋ニがいいのかよって呆れるがま〜別にあいつら友達じゃねえしってあっけらかんと言うのでこいつマジ?って思いながらあぁそうと返してる

ベランダで吸ってると風が強くて全然火がつかないのでシガーキスして火を貰ってる

時々自分たちが出会う前の昔話する。

秋ニはよくありがちな片親でぐれて学校エスケープしまくってたらボクシングやってたおっさんに拾われて暇だしと鍛えてたらセンスがあったらしく強くなって、学校で片親を馬鹿にした奴殴ったらいつの間にか噂されそれが広まり他校からも不良たちが現れそれもノしていきそこら辺では知らない人はいないレベルの不良学生にまで上り詰めてしまった。今でもボクシングのおっさんとは関わりがあるが、高校入学と同時に足を洗ったので通ってはいない。

冬吾はわりと金持ちな家で音楽一家なのでそういう私立中学に入学させられたがあまりにもそっちの音楽の才能がなかったしクラシックなども好きは好きだがロックバンドの音の方が好きだったこともあってわりとすぐに投げ出した。頭もよくはなかったしエスカレーター式の私立中学をやめ公立の高校に入学。中学の時に少し触れたドラムにハマりそこから姉の紹介やらでバンドを組むように。今でも少しドラムは触るがまた何か始める気はない。

秋ニが怪我して帰ってくる時は大抵ムラムラも一緒に連れて帰るので手当てし終わった後は大抵セックスになってしまうがキズに塩塗りたくってるようなものなので冬吾は普段より優しくなってしまうしそれ見て笑う秋ニ。いやわりと笑い事じゃねえよと突っ込む

秋ニが学校で黙って本を読んでいるところを見かけると昨日あんなにセックスで喘いで俺のケツ蹴る奴があんなになるなんてずるいな…と内心思っている

冬吾が女の誘いも男の誘いも断ってるところを見たあとに自分のバイトの迎えにはしっかり来て飯まで用意してあるからこいつ何…?と内心思ってる

本性は我儘でマイペースで短気で元不良なのでそれを表に出さないように生活してるのであまり近しい友達は作らないようにしてる。冬吾がいるからまあいいかと秋ニは思っている。冬吾も大体わかってるので問題ないが外面用があまりにも本来の自分とかけ離れているのでストレスが上がりよく冬吾に八つ当たりしている。そのままセックスになる

恋人も女も面倒臭いな〜〜と最近は思っているがかといって秋ニが恋愛的に好きとか他の男と付き合うとか抱けるとかそういうことは全然考えないので結局この関係性がずっと続けばいいな〜と思っている

ハグはギュってするよりどかんと寄りかかるイメージ

セックスは高3の夏に受験勉強してた時になんかそういう雰囲気になったとかでノリと流れでやったのが最初。その時はキスはしていない

それから受験の息抜きでセックスするようになった。色々都合がいい。しっかり学校でもやってる

セックスと勉強の繰り返しで爛れた学生生活を送っていたのでそれが今も継続されてる感じ

同じ大学受けて普通に合格した。合格発表見た日もやった

合格発表見た後にラブホに行ってセックスキメて煙草吸いながら解放された〜!って酒飲んでたら冬吾が俺大学の近くに引っ越すわって言うからあぁそうと返したら当たり前のようにお前も来るだろ?って言うからハイハイって言いながらなんかキスした。

それが初キス。酒飲んでたこともあるけどわりとお互い驚いた

そこからなんかキスが好きで気まぐれにするようになった。全てノリと雰囲気

インドアだけど決めたら即決で海外にも他県にも行ってしまうくらいにはフッ軽。勿論2人だけで

秋二は早起きだが冬吾は二度寝しまくる

だけど冬は弱いので冬吾が先に起きて気まぐれに飯作ってやってる。全然起きてこない秋ニを無理やり起こしてバイクで大学まで送ってやる

お互い体力おばけなので死ぬほどセックスする。疲れて休憩して飯食ったらすぐ復活するので朝から夜までセックス三昧

生産性のない行為最高〜とか言ってる

 

 

 

過去とトラウマ

秋ニが初めて掘られた先輩が同じ大学のOBか院生で久しぶりに再会してしまった。

2人で学食食べてたら急に現れて秋ニだよな?と声をかけられて血の気がマジで引いた。冬吾はなんとなく察してここから離れようと試みるが先輩はめちゃくちゃ強いので(ボクシングやってた頃の先輩)抱かれてた時のこと思い出してビクッってなっちゃう。吐き気に襲われ冬吾の手すら振り払いトイレに直行する秋ニと、ニヤニヤする先輩となんだこいつ、となってる冬吾。先輩尻目に追いかけようとするが立ち塞がる先輩がお前秋ニの男か?と聞くのでそうじゃねぇよただの友達だ、って言う。本当のことだし。あぁそうとだけ言って離れる先輩睨みつけながら走ってトイレに向かった。個室のトイレの中で嗚咽が聞こえた。ドンドンと叩くが何も返事が返ってこない。秋ニ、と小さく声を掛ける。ドアが開いた。肩で息をして普段は絶対泣かない秋ニの目が真っ赤になっていて、思わず抱きしめていた。何も言えなかった。秋ニも何も言わなかった。そのまま大学サボって冬吾の家に帰った。コーヒーを入れてソファに座って煙草吸ったままぼーっとしてる秋ニの隣に座る。どうした、とも聞けずに黙る冬吾の肩に、秋ニが頭を乗せる。お前は、何も聞いてこないからいいな、と少し笑いながら秋ニが言った。あー、まぁ言いたくなったら言えば、と言ってコーヒーを渡した。そういうところが好きだよ俺はと言って秋ニがキスをした。煙草臭いと言いながらソファに押し倒してそのままセックスした。そのまま過去もトラウマも全部忘れてしまえばいいのに、と思った。何も考えずに頭を空っぽにして、キスしてセックスする、それが2人の世界だった。

次の日寝不足顔で起きたもののしっかり洗濯してゴミ出しして一限から出た秋ニに感心しながら二度寝しようとした。けれど昨日の男がまた現れるかもしれないと心配した冬吾は着替えて速攻でバイクに乗った。空きコマだったので暇を潰しながら過ごして終わってすぐに秋ニのいる棟に向かった。教室から出てくる秋ニを引き止める。寝てたんじゃねえのかよとかなんでここにいるんだよとかそういう言葉は無視して使ってなかった教室に向かった。またアイツが来たらお前やばいんだろ、と言うと秋ニはきょとんした顔をしたかと思えば笑い出した。一頻り笑った後になにお前、俺のために早く起きてわざわざここまで来たわけ?とこれまた愉快そうに聞いた。そうだけど悪いかよと心配して損したと思いながら頭を掻く。秋ニはま、大丈夫だろと言うので半ば信じきれないまま、結局自分の棟に戻った。

つづかない

 

 

佐山晃臣 さやまあきおみ

大学院生。外語学部

180センチくらい。A型。一人暮らし。秋生まれ 

秋ニのボクシング時代の先輩。三個くらい年上

当時ボクシングジムのおっさんが拾ってきた不良がとんでもない才能野郎だったのでその八つ当たりで無理やり抱いた

元々一度だけの予定だったが征服感と支配欲からそれからも半ばレイプのように扱ったが、精神ともに強い秋ニが折れることはなく、それが更に晃臣をイラつかせた

晃臣もボクシングが強かったが、親に高校卒業までと言われたので途中でやめたしプロにもならなかった

ゲイよりバイ。元々ネコ気質。

20年以上腐れ縁の幼馴染がいる。そいつに初めてを奪われた。セフレ。付き合ってない

秋ニより短気でストレスが溜まりやすい。親のストレスがでかい。一人っ子。

わりと不器用で要領が悪い。よく泣く

謎に秋ニに執着していたので久しぶりに会ってテンションが上がってしまった

抱いてる時秋ニに好きだと漏らしてしまったことがあるが全力で誤魔化した

不憫なポジション。地頭が良い。素直になれない。酒に弱い

口より手が出やすい。喧嘩は拳で

セックスはわりと好きだしやっぱり抱かれる方が好き

新、と呼んでる

 

藤本新 ふじもとあらた

社会人。元工学部

185センチくらい。O型。一人暮らし。冬生まれ

晃臣の幼馴染。生まれた時からずっと一緒にいるせいで大体のことは知ってる

幼馴染がわりと手のかかるやつだったので20年以上面倒見てた

高校から大学までバンドを組んでたことがある。冬吾と面識あり。冬吾姉のことも知ってる。ベース

バンドマンだったが硬派で知られていた。ただ単に思春期の頃に晃臣への気持ちに気付いてから一途に片思いしているだけ

でも晃臣があまりにも素直にならないし鈍感なのでそのままの関係でいてやってる

苦労人。喫煙者。ザル

バイ。タチ専。S。ゴツい

頭は悪くないし晃臣が心配だったので同じ大学に入った。自分は卒業したが晃臣が院生になってしまったので心配している

よく一人暮らししてる晃臣宅にアポなしでくるがあまりの生活力のなさに一緒に住んだほうがいいのではと思っているところ

いつになったら俺の気持ちに気づくんだろうなと思っているが口には出さない

柔道一家の次男。兄と妹が柔道の道にいったので自分は関係ない方へいった。小さい頃からの癖で体は鍛えている

晃臣、と呼んでる

 

 

新と晃臣

中学の時にセックスしたのがキッカケでセフレへ昇格。お互い男もいけると気づいて色々付き合ったりしたことはあるが新に至っては晃臣が好きだと確信して付き合いをやめたし晃臣は秋ニへの執着を拗らせていた。

秋ニの話は聞いていたのでこいつがタチやったの?ってわりと驚いた。だけど普通に自分のところにやってきて抱かれてるので安心した。

新はSっ気があるのでボクシングやってて打たれ強い晃臣とするセックスは最高だと思ってる

ボクシングで出来た傷を見ると興奮してしまうし晃臣も試合をして昂ったモノを発散させたくてセックスをする

幼馴染なので色々なことに遠慮はないし晃臣は新に何でも話す

キスはあまりしない。ハグもしない

ボクシングしてる時は全然泣かないのにセックスの時はめちゃくちゃ泣く晃臣可愛いなとか思ってる。可愛いとか言うとキレる。

新も柔道一家の息子なのでなんだかんだ鍛えている。そっちの道へはいかなかった。

幼馴染なので兄弟喧嘩のようにバチバチに喧嘩するしほぼ殴り合いでボクシングと柔道の派手な戦闘が始まる。でもすぐ元に戻るしセックスする

セフレ仲も10年になるしそろそろ腹くくろうかと思った矢先に晃臣から秋ニと会ったという話をされて死んだ。撃沈

でも相手がいるっぽいと言う話を聞き安心する、その相手がバンド時代の後輩とはまだ知らない

晃臣も新のことは好きだがそういう好きじゃないし兄貴みたいな感じだと思っている

晃臣→新「お前俺のこと心配しすぎ」

新→晃臣「いやお前はそろそろ自覚持て」

過保護な自覚はある。面倒なところもあるが好きなので見限れない

幼稚園から大学までなんだかんだずっと側にいたので今更離れられない

頭はいいが体を動かすのも好きなので朝起きて2人で走ってたらする。競争になる

そのまま帰って風呂浴びてセックスの流れになってしまう

お前とはもうセックスしない、みたいな時期が晃臣にあった(秋ニと出会った頃)が、ふーんそうわかったと聞き分けいいふりしといて実際は嘘だろ…となっていた新。

 

 

 

死ぬにはまだ早い

寿命を売った。その時間が誰のものになるのかなんて全く興味がなかった。生きていたくはなかったが死ぬ勇気もなく、老衰で死ぬまで待つほどの余裕も持ち合わせてはいなかった俺が出来ることは、残りの寿命をお金に変えることだけだった。

世の中は上手くできているらしく、こちらが余生を緩やかに楽しむ為の金銭と引き換えに、生にしがみ付いてる彼、彼女らに寿命を受け渡し延命ができる。それが可能らしい。

街角で死んだ目で歩いてた俺に声を掛けてきたおじさんはきっと神様だったのだろう。神様なんて信じてはいないがもうなんだってよかった。ファンタジーだろうが幻だろうが俺はそれに縋り付く他なかったのだ。

22歳の俺の寿命は残り約50年。その9割を差し出した。

大学卒業間近の冬、俺はとっくに決まっていた企業の内定を蹴り、人生に希望を見出せないまま四年間過ごしたアパートを引き払った。

親には何も言わなかった。何も言えなかった。ここではない、実家でもないどこかへ生きたかった。スーツケースと、数年間は働かずに過ごせる大金の入った通帳を握りしめ、俺はこの街を出た。

電車に適当に乗り込み、乗り継ぎ、乗り継ぎを繰り返し当て所なく走った。眠ったり起きたりを繰り返しているうちに、寿命を売った日のことを思い出した。

 

 

おじさんは、真っ黒のスーツを着て煙草を吸っていた。見た目はどこにでもいそうなサラリーマンのようで、しかし愛想笑いの一つもできなさそうな強面だった。俺はどこかの会社帰りだろうと思って素通りしようとしたが、お兄さん、と声を掛けられて思わず振り返ってしまった。

俺はというとコンビニのバイト帰りで、この寒さの中すぐにでも家に帰って風呂に入りたかったのだが、その声に何故だか体が引き寄せられたのだ。

今大丈夫かと聞かれ、はいと頷いていた自分に驚いた。しかし妙な宗教の勧誘でもカツアゲでもないことは何となく穏やかな声色から察していて。煙草を一本渡されて有り難く頂戴してしまったので話を聞くことに決めたのだ。

「怪しさ全開なのにどうして止まってくれたんだ」

ライターの火を付けながらおじさんは言った。

わかっているのならばもう少しどうにかできなかったのだろうか。俺は煙草にその火を付け、さあ、と曖昧な言葉で返した。俺自身もよくわからなかったのだ。

「──ところで芹沢伊月くん」

短くなった煙草を携帯灰皿の中に入れ、おじさんは俺の顔を見つめた。

俺の名前を知っているようだ。

もしかして。もしかして俺は今から殺されるのか。この人は殺し屋かなにかで、俺は誰かの怨みによってこの世から消されるのか。まあそれはそれで本望だが。でもこんな殺す前に話しかけてくる殺し屋なんているんだな。

などと妄想に妄想を膨らませた俺の意識はおじさんのおい、という声で元に戻された。

携帯灰皿を差し出され、気づけば指ギリギリになっていた煙草を無言で入れる。存外マナーはしっかり守るおじさんだった。

一体これから何をされるのだろうか。寒空の下、大学生とおじさんという構図はどこか可笑しかった。

俺のことを知っているこの人に得体の知れない恐怖と、少しの興奮が混ざる。

「……俺の名前を何で知ってるのかなんてこの際どうでもいいんですけど、俺は今から殺されるんですか」

「芹沢く〜ん中々いい勘してんじゃねえの」

愉しげに笑うおじさんは胸元からまた煙草を取り出した。

どうやら俺は殺されるらしい。

人生でこんな経験ができる人なんてそうそういないだろう。……その人生もここまでだが。

本気にするまいと思いつつも、本当だったら?と少し期待をしてしまってる自分がいて、これから殺されるかもしれないというのにどこか冷静だった。

この時、友達もいないに等しければ恋人なんていない俺に失うものはなにもなかった。

ただ何もかもが嫌だった。これからの社会人生活も、真っ当に生きなければいけない数十年間も、親の期待も、何の為かもわからない労働も、周りに溶け込む為の普通も、全てを投げ出したかった。

22年間、十分生きただろう。

何の恨みを持たれたのか、路地裏でおじさんに殺される運命らしい。それを受け入れるには、今のこの状況では万全過ぎた。

「因みに俺はどう殺されるんですか」

痛くはしないでほしい、と付け加えると、おじさんは一瞬吹き出したかと思ったら腹を抱えて笑いだした。

中々ツボに入ってしまったらしく、暫く笑っていた。俺はそれを冷めた目で見守っていた。

一頻り笑ったあと、おじさんは笑い過ぎて目に溜まった涙を拭い、何本目かの煙草に火をつけた。

「あんたほんとさ……まぁ聞いてた通りの人物で何より。別に俺はあんたを殺すことを肯定したわけじゃねえよ。殺すといえば語弊がある……ま、あんたの望みだったらそれも叶えられなくはないけどな」

「どういうことですか」

「それもまさか真に受けるとはな…ほんと、面白いなあんた。俺はな、…寿命を買うんだよ。言うならば仲介人だ。生きたくとも病気で余命幾許もない奴やら死にかけのジジイが惨めったらしく生にしがみつくわけだ。それをお前みたいな──健康体、極め付けに死にたい奴から金と引き換えに寿命を買う。同意の上で、だ。……それで芹沢くん、あんたが、選ばれた」

おじさんはゆらりと腕を持ち上げ俺の心臓を指した。その自嘲気味の顔を見て、おじさんも俺と同族なのだろうか、などと考えてしまう。

そしてどうやら殺人予告は俺の勘違いで、それも真実は俺の予想を遥かに上回った妄想だった。

そんな事、この世の中でできることが可能なのだろうか。まだ殺し殺された方が世の中の摂理に合っていると思うが。

だがこれも何かの縁なのかもしれない、と俺の今までにないポジティブさと好奇心が勝ってしまった。まだたくさん聞きたいことがある。こんなところもあれだし、とおじさんは近くのファミレスへと俺を誘った。俺の気持ちを読んだかのようだった。

 

知らないまま大人になっていた。成人式も、酒も煙草も、選挙権も、何だったら許されて、大人になったら許されないことばかり増えた気がするのに。

まだ生きたいと喚く老人は子供を轢き殺した。年金も税金も上がっていくばかりなのに、俺たちの未来に何の約束もないまま。

 

ファミレスに入って、おじさんはこんな夜更けなのにハンバーグを注文して俺はポテトを頼んだ。

ドリンクバーのコーヒーを啜りながら、おじさんを見つめた。

煙草を吸いながらスマホを弄っている。俺のことをその寿命売買をする会社か何かに報告してるのだろうか。よくわからない。

さて、とおじさんは灰皿に煙草を押し付け開口一番、

「あんたはさあ、死にたいんだろ?」

と、ど直球に言うものだから。思ったよりデリカシーもクソもない質問に面を食らったがその通りなので否定もしない。

その希死念慮が無ければ成り立たない商売なのはよく理解したつもりだ。

「もう俺の情報はそっちには筒抜けなんだろう。何を今更……」

「確認だよ。一応な。俺もこんな売人みたいな事をしてるが無理やりってわけじゃない。偶に上の方も漏れがあるしな。心変わりする奴もいるんだよ中には」

信じない奴が大半だ、詐欺グループと間違われてもおかしくないしとまた笑う。おじさんはよく笑った。人相の悪さはくしゃりと笑う顔で薄れていた。たぶん、優しいひとなのだきっと。

どうしてこんな仕事に就いたのだろうと少し興味がわく。久しぶりの高揚感は企業の内定が出た時より嬉しいものだった。俺の希望はここにあるのかもしれない、などと普段は思わないこと考えてしまう。

「それで成り立つと、たとえば数年のうちに死ぬとして、どう死んでいくんですか」

「眠ったように」

「それって…でも、事故か何かで死ぬかもしれない、天災とか、その内に病気になるかも分からないじゃないですか」

「寿命はな、わかるんだよ。可視化される。そうでもしないとやれない商売だろう。お前は死なない。だから選ばれた。残念ながらな。確か50年以上は生きるぞあんた」

「嘘だろ…………」

死にたがってる奴ほど長く生きるとはよく言ったもので。思い通りにはいかないのが世の常なのだ。自殺でもしない限り、俺はこのクソッタレで理不尽に塗れた世界でこれから半世紀も生きなければいけないらしい。地獄だ。それならば。俺には初めから選択肢などなかったらしい。絶望している俺の顔を見ながらおじさんはハンバーグを頬張っている。人の気も知らないで。

「あんたも食べろよ」

呑気にそう言うおじさんはすでに食べ終わっていて、メニュー表を広げていた。

俺は目の前のポテトよりこのSF映画のような、ファンタジー小説を見ているかのような感覚に襲われて、これは夢なのかと頰を引っ叩きたくなっているところだというのに。

俺の生きていた二十数年間の間に寿命が可視化され、おまけにそのやり取りまで可能になるなんて。本当はもっと前から行っていたのかもしれないけれど。なんていうか需要と供給の最たるものなのかもしれないな。

でもこれが現実ならば、安楽死が法律として禁止されている日本で緩やかに死ねることができる、俺にうってつけの案件なわけで、五十何年もこれから生きていくのだから選ばれたわけだし。

どこから俺の情報を入手しているのだろうか。この一億人の人口の中から俺が選ばれたのも奇跡みたいなことだ。疑ってるわけではないが、確信を得たいところだった。そんな事を思案しているとおじさんが脇に抱えていた鞄の中からタブレットを取り出した。

「芹沢伊月。10月26日生まれ。22歳。175センチ。64キロ。某私立大学四年。某企業の企画部に来年の春就職。両親は健在。弟がいる。友達は二、三人。恋人なし。一人暮らし。コンビニのアルバイト店員。過去に死にかけたことがあるな。その傷が額にある。体は丈夫。風邪もひかない」

人の考えを読める能力でもあるのだろうか…俺の個人情報はこのファミレスという場で漏洩されまくっている。しかも当たってる。

おじさんは俺のポテトを勝手に取りながら、尚も続けた。

希死念慮は中学の頃から。自殺しようとした経験なし。精神疾患もなし。表情筋が死んでる。不眠症気味……適当に抜粋したがまぁなんとも普通の成人男性を絵に描いたような奴だな」

「本人目の前にしてそれ言います…?」

「普通が嫌だったか?これから普通じゃなくなるんだ、そうあるべきだったものを、その人の人生そのものを捻じ曲げる。…俺はそれを説明してあんたが了承して承諾を得る。それだけの話だけどな」

気づいたら呼び出し音を押していたおじさんは、店員にオムライスとピザを頼んでいた。

頼むかと言われたが俺は首を横に振った。もう冷め切っていたコーヒーを飲み干して、溜息を吐く。

現実味が湧かないが、ここまで自分のことを知られていたら信じるしかないのかもしれない。

元より今日殺されても良かった身だ。どうせなら誰かの為に使ってもらった方がいい。

数分、おじさんが全ての料理を食べ終わる前に俺は結論を出した。

「…売ってもいいですよ、俺の寿命」

「お……そうか。まだ考える時間はあるが──、その必要はなさそうか?まぁでも今日は話に来ただけだし書類も持ってきていない。また空いてる日があれば教えてほしい」

そう言って渡されたのは名刺だった。帳正隆。とばり まさたかと読むらしい。おじさん──もとい、帳さんはそれ偽名だよ。なんて言ってまたくしゃりと笑った。 

 

 

その数日後に同じファミレスに集合して、帳さんと再会した。相変わらず真っ黒なスーツだった。喪服を表してるのだろうか。

「芹沢くん、本当にいいんだな」

「はい、よろしくお願いします」

帳さんは机に書類を置いて説明しつつ、俺は判子を押したり署名を書いたりなどして手続きに移った。

この事は友人にも親にも誰にも言わなかった。というか言っても信じてもらえないだろう。この数日で大学を中退し、内定を蹴り、アルバイトを辞め、人としてやるべき事を片付けた。

後はお金を受け取り、晴れて自由の身だ。縛りはあるが。

俺が差し渡す寿命は9割。1割を余生として自堕落に生きようと決めた。お金を貰うのだからすぐに死んでしまっては意味がない。

それでもすぐに死んでそのお金を身内に残す人達もいるらしいが、そこまで善人にはならなかった。俺は俺の為に、自分の命も自分の金も自分自信で使うことを選んだ。

「──で、振り込みするから通帳の数字も書いてくれ」

「あの、帳さん」

「ん?」

「その、流石にもう信じているんですけど、死ぬ予兆とかってあるんですか。急に前触れなく死ぬんですか」

俺の余命は約5年。5年きっかりに死ぬことはないのだろう、次の日に死んでる、みたいな事があるのかもしれない。流石に場所を選びたいものだ。

「そうだな、眠るように、と言った通り、余命が近づくにつれて眠る時間が長くなる。眠りも深くなる。気づいたら眠ったまま息を引き取るんだ」

「そうなんですか。なんていうか、有り難いです」

なんとも優しい世界で生きている気がする。この会社の名前、検索をかけても絶対出てこないようになっているし、名刺は関係者以外はただの紙くずに見えるらしいからとんでもない会社なのだ。もう十分にお察しなのだが。因みに社名は、ハッピーライフ。絶対正式じゃない。

俺は残り数枚の書類に慣れた手つきでサインをしていく。帳さんはあまり喋らなかった。

「死ぬのは怖くないのか」

しかしその沈黙を打ち消すように帳さんは真面目な声色でそう聞いてきた。

煙草を咥えて、紫煙を吐き出す帳さんのその顔にいつもの笑みは消えていた。

「そういえば帳さんってなんでこの会社に入ったんですか?」

質問を質問で返す俺に一瞬怪訝そうな顔をしたが、帳さんは灰を落としながらゆっくりと、迷うように口を開いた。 

遠くの、誰かを見るような目で。

「…20年前、俺の恋人が死んだ。癌で。男だ。元気だったんだ、風邪かと思って病院に行ったらステージ4の末期だった。諦める他なかった。その当時はこの会社はできていなかったんだ。死にたいやつらは沢山いるし、死にたくねえやつは抗うこともできないまま死んでいくのに。その時は開発途中で──その段階で会社に拾ってもらった。俺はあの頃何も出来なかったこの思いを昇華させたいんだ。死にたいなんて滅多な事言うんじゃねえとは思うが。死にたいならしょうがねえし生きたい奴が生きれて、それが上手く成り立つならってな。金の制度だって無くしてもいい気がするが…それはまあ需要と供給のバランスだな」

「……そうだったんですか」

「なんだかな、話しちまった。…俺も相当拗らせてるんでな」

とても重い話を聞いてしまった気がする。その後はまたすぐにいつもの帳さんに戻ったようだ。

思ったより帳さんの入社理由が深刻で、しかもそこにまともな信念があったことに驚く。わりとそんなことはどうでも良さそうだったのに。あの真面目な質問の意図はこういうことだったのかもしれない。

20年は相当長かっただろう。忘れもしなかっただろう。男同士だなんてさらに理解されない空気の中、最愛の人を失くした喪失感なんて誰にも、俺にもわからない。

「死ぬのは怖いですよ」

先の、帳さんの質問をようやく返した俺の答えに、帳さんも意外だという風に口を動かした。

きっと帳さんの恋人も怖くて怖くてたまらなかっただろう。死にたくないと思ったにちがいない。そこに大切な人がいてくれたという事実に、少しは安心できたのだろうけれど。

俺は死ぬのが怖いが死にたい。生きられる体を持ってしても、生きる事をやめたいのだ。それは生きることが難しい彼、彼女らの冒涜になるのだろうか。

「たぶん、怖くない人なんていないです。自分が想像できませんから」

いつだって死ぬのは怖い。だから自殺未遂もリストカットオーバードーズもしたことがない。苦しむのも痛いのも嫌いだった。

死んだ後、何も残らなくなる。死後なんてものは信じていない俺には、それが底なし沼のように怖かったのだ。

だがそれも余命があれば受け入れられるのだろうか、考える暇もない死だったら、怖いという感情も必要ないのに、そう何度も思った。何度も想像した。不意にトラックは突っ込んでこないし運良く地震が起きて即死することもなければ突然殺し屋に殺されることもない。老衰だなんて我慢もできない、突然癌で一ヶ月で死にますなんて言われもしない。

受動的な死なんて、いつまで経ってもやってこないことは、この10年間のうちに痛いほどわかってきたのだ。

怖い、が。受け入れることができれば。死にたくないと思えるかもしれない時に死ねたら、俺はそれでいい。それがいい。死にたいのに死ねない苦痛はもう十分に味わったから。

本当は、そう思うことすらも虚しかったけれど。

「でも俺は、死にます」

そう言って、最後の書面に判子を押した。帳さんはそうか、と言って受け取った。

交渉が成立したらしい。

どうやって寿命を抜き取るのか、という説明は最初に受けた。ただ薬を飲む、それだけだった。死ぬ時間に合わせて体内に入った薬が俺を殺してくれる、らしい。

最後にその薬を渡され、俺は水の入ったグラスを掴み飲み干した。

それを見届けた帳さんが手を差し出した。俺はそれを掴み、握手をする。

「入金は三日後だ。決断してくれてあちらさんも喜んでるだろう。そしておめでとう。良い余生を」

おめでとう、だなんて言い得て妙だ。

だが全て俺の望んだ道で、俺がようやっと選べた未来だった。

 

 

後日、確かに入金されていた大金を見つめ、俺は本当に寿命を売ったのだと確信してこの住み慣れた部屋を解約した。

帳さんにまた何かあったら連絡してくれと別れ際激しめに背中を叩かれたのを思い出す。

俺は新しい出会いに期待して、長いようで短いだろう5年間をどう過ごそうかと思考を巡らせたのだった。

 

 

 

乗り継いだ先は海だった。この真冬に海とは。

ダウンを着ても寒さは身に染みる。

鼻を啜りながらスーツケースを片手に浜辺に近づいてみる。周りは誰もいないようだ。もういっそのこと、と思い邪魔だったスーツケースを置き砂浜を歩く。日が沈みそうな水平線で海面が赤く揺らいでいる。

綺麗だと思わず口に出していた。俺の街にはなかった、砂浜と海を見たのは小学生ぶりくらいだろうか。

海の近くで家を借りるのも悪くないかもしれないと考えながら、近くにあった流木に腰掛け沈む夕日を眺めていた。

携帯が震える。もうほとんど行く必要のなかった大学を急に辞めた俺に何があったのかと心配したのだろうか、数少ない友達の一人である佐伯からの電話だった。気まぐれに出てみると、大きな声が耳元で響いた。思わず耳から携帯を遠ざける。

「伊月!大学辞めたって本当か?内定も蹴ったって…しかもアパートも解約してやがるし寒い中ピンポン連打しちまったじゃねえかよ全然ライン返信してこねえしさお前の家まで押しかけたら大家のおばさんに引っ越したって言われて引っ越したって……引っ越したのお前?!実家帰ったんかよそれならそうと言えていうかなんで何も言わないんだよあと少しで卒業だったろ何で辞めたんだよ何で仕事駄目にしたんだよもうとりあえず何でもいいから言い訳言えよ聞いてやる」

そう、ノンブレスで言う佐伯は相変わらずだった。俺は苦笑し、なんて言おうかなんて考えてもいなかったので黙ってしまう。

正直なところ言っても問題はなかった。もう契約してしまった事だし、止められたところで俺は死ぬ運命なのだから。

だがこの秘密は一人で守ろうと思ってしまった。一人でひっそり死んでやると、誰とも共有なんてしないと。

「自分探しの旅しようと思ってさ。まぁまたいつか、帰るよ」

「お前、それだけで通ると思って──」

「ごめんな」

そう遮って、俺は電話を切った。

佐伯はいい奴だった。同じ学科で初めて仲良くなった。けどやっぱりさ、どうにもならないことってあるから。根底に根付いちまったものは、どんな出会いを繰り返しても抜けるものではない。救われはしない。

ポケットから煙草を取り出す。風が強くなってきた。もう完全に日が沈み、辺りは真っ暗だった。白い煙が揺れた。冬の海はただ寒いだけだった。

ここには俺しかいないことをいいことに、昔ハマったインディーズのバンドの歌詞を口遊む。いっそのこと携帯なんて捨ててちまおうか。ただ失踪して届けを出されたら困る。まぁ俺の両親に限ってそんなことをすることは万に一つもないが。

ザザ、と波の音が案外穏やかに聞こえる。死、という底知れない恐怖は海にも似た印象を持っている、とふと思った。

彼方に行けば、死。俺が自殺なんてしないだろ、と見越したあの会社は何も間違ってない。

死ぬことを想像して、どうにも叫びだしたくなる。この海はなんでも受け入れてくれるだろう。

ここに来て何時間経っただろうか。もう煙草も残り数本になってきた。寒さも限界だ、今日の宿でも探そうかと腰を上げようとした、その時だった。

数十メートル先に人が見えた。カーキのモッズコートに身を包んで、髪の毛は眩しいくらいの金髪で。顔は遠くてよくわからなかったが、若い男のようだった。

こんな真冬の海に一体なんの用事で。俺じゃあるまいし、と上げ掛けた腰をまた下ろして暫く様子を見ていた。

彼は砂浜でコートのポケットに手を突っ込みながら携帯を弄っていたかと思ったら、その携帯を砂浜に投げ捨てた。そしてその足は勢いよく海の方へ向かっていった。

俺のことは見えてなかったのだろうか。靴のまま、波打ち際へ、そのまま一直線に、何の躊躇もなく海の中へ入っていった。

呆気にとられた俺は一瞬思考が停止してしまった。海を淀みなく進む彼の足はすでに膝付近までの深さになっている。

「入水自殺……?うそ、だろ」

身体が勝手に動いていた。咥えてた煙草は落ちていて、気づいたら走っていた。

こんな死にたがって寿命を差し出すまでした男が何をしているのか、まさか自殺しようとしている若者を助けようとしているのだ。おかしいだろう、俺もそう思う。

死ぬなら死ねばいいし、その覚悟があったのなら俺はそれを止める権利はない。

だが人間とは不思議なもので、やはり目の前で死なれるのは目覚めが悪いというべきか、なんていうかもう理屈じゃ説明ができなかった。

それと、携帯を砂浜に捨てた、ということは本気じゃないのかもしれないと察してしまったのだ。俺の悪い癖だ。でもその勘はよく当たるのだ。

スニーカーを脱ぐ暇もなく、彼の後を追う。浅瀬に入ったところで、彼はもう腰の辺りまで進んでいた。

「おい、おい!お前!死ぬぞ!」

なんて言えばいいのだろう、無我夢中で水の中を走った。案の定海水は冷たくて、身体は重かったが形振り構わず叫ぶことしかできなかった。

男は一瞬びくりと反応したが、完全に無視だった。死ぬぞ、なんてどの口が言ってんだか。

無我夢中で足を動かしてどうにか残り数歩まで差を詰めた。もう胸のところまで海水が浸っていた。寒さで最早感覚がない。

「お前!耳、聞こえてんだ……ろ」

「……ッ、うるさいな、もう、邪魔すんじゃねえ」

腕を掴むと、男が振り向いた。その顔は涙に濡れていて、そして、とても綺麗だったのだ。

俺は言葉を詰まらせ、その顔に見惚れていた。

今夜は満月だった。月が男を照らす、不謹慎にも綺麗だ、と口走っていた。

それが、この男、天崎葵との出会いだった。

 

 

波に濡れたのか涙の水なのか、それでも真っ赤な目は泣いた痕だろう。殴られたのだろうか、口の端が切れて血が滲んでいる。

それもこれも、綺麗な顔には全てが映えていて。だからこそ美しいのだろうかと、この冬空の海の中で差し伸べた手は間違ってはいなかったと──

「は?」

「え?」

その雰囲気に飲まれそうになった俺を一瞬で現実に戻したのは彼だ。

俺の綺麗だ、と呟いた言葉にこめかみをぴくりと動かし、その顔におおよそ似つかわしくないドスが効いた声でそう言ったかと思ったら彼の右手が俺の左頬にフルスイングしてきた。

「……ッ!?」

海の中で避け切れるはずも無く、俺は彼の拳一発でノックアウトしたのだ。恥ずかしい話。

あ、やべ、という彼の声が聞こえる。俺の意識はそのまま遠のいた。

 

独り善がりなエゴが人を救ったことが今まであっただろうか。俺はまた、何かを間違えたのか。それでもあの時君を救おうとした善意だけは、寧ろ俺を救ってくれたのだ。

誰も、一人では生きていけるはずはないのに、全てを間違えた後に残ったのは君だけだった。

 

頰に当たった冷たい何かに反応して目が覚めた。見覚えの無い天井が映る。

綺麗な顔が俺を覗き込んだ。彼の髪から滴り落ちる水滴が頰に落ちる。海へと沈んだ俺の体は案の定死ぬはずもなく、どうやら彼に助けられたらしい。助けようとしたはずが彼の手によって沈められ、そして助けられるという謎の展開を繰り広げていたのを覚えている。

思ったより本気のグーで殴られたらしい、左頬が未だに痛い。冷たいものは彼が当てている保冷剤だった。

「あ、りがとう。…ここは?」

「……ラブホ」

身体を起こして彼から氷を受け取る。ずぶ濡れだった服は全て剥がされていた。彼もバスローブに着替えていて、海で倒れた俺を律儀にもホテルまで運んで介抱してくれたのだ。死のうとしてたのに。

素っ気なくベッドの端に座って煙草を吸う姿は、暗いところで見た印象より若かった。まだ高校生くらいだろうか。

金髪で目を惹く容姿をしている、きっとモテるだろうに。彼は一体何があって海で自殺を図ろうとしていたのだろう。

携帯を弄る画面から目を離さず、風呂、入ればという彼の言葉に大人しく頷いた。さすがに真冬の海に浸かって身体を拭いて布団にくるまっただけでは温まらない。

まだお互い名前すら名乗っていないが、とりあえず風呂場へと向かった。

「イってえな……」

若干腫れている。俺より年下の未成年に殴られることなんて未だ嘗てあっただろうか。そもそも殴られたことなんてない、空気を読んでうまく察して、拗れる関係なんて面倒くさくて自分の感情は一切吐露しないよう気をつけて、俺はそういう人間だった。

それを、俺が初めて綺麗だと、心から思った彼に全てぶち壊されてしまった。そしてそれは彼の地雷だった。

──でも良かったな、死なずにすんで。

自分のことは棚に上げ、胸をなで下ろす。あそこまで自分に行動力はあるとは思えなかったが、怪我の功名と言うべきだろうか。

シャワーのコルクを捻る。俺が高校生の時なんて何を考えていたのだろう、当たり前のように死にたいという感情は無くならず、しかし死ぬことはない身体に嫌気がさして。彼も同じだったのか、俺と。彼はそれでも死のうとしてたのだ、やはり止めるべきではなかったか?と頭がぐるぐるとして思考がまとまらない。

すでに浴槽に張ってあったお湯に浸かる。

もう日付は変わってるだろう時間帯だ、彼は帰らなくても良いのか。それとも、帰る場所がない、とか。

それもこれも全部聞こうと、俺は湯船から勢いよく立ち上がった。

 

ベッドルームに戻ると彼はベッドに横たわり携帯で動画を見ていて、俺に気づくと携帯を切ってベッドの上に座りなおした。会話をする気はあるらしい。

近くにあった冷蔵庫から水の入ったペットボトルを取り出し一口つける。

彼は枕元に置いてあった煙草に火をつけた。俺の煙草はたぶん、ポケットに入れたままだったから水に濡れて駄目になっているだろう。正直めちゃくちゃ吸いたい。その様子を悟ったのか、彼は箱をこちらに差し出して、ん、と一言。実は優しいのかもしれない。

ライターで火をつけて煙を吐き出し、何から話しをしようと考えあぐねていると、彼から話を振ってくれた。

「あんた、ここら辺の人じゃないよな」

「ああ…うんまぁ、ここは今日来たばかりで、……宿決めようと思ってたら君が海入ってくからさ、思わず引き留めてた」

「お節介…………」

「まぁでもさ、ほんとは死のうとか思ってなかっただろ」

「……」

無言、は肯定と取る。

はぁ、と溜息と一緒に紫煙を吐いて天井を見上げた彼の目がキラキラしていて、どうにも見惚れてしまう。

というか冷静に考えると俺は何男相手に綺麗だなんて思ってしまったんだ、俺はゲイなんかじゃないし至ってノーマルだ。

煙草を灰皿に押し付け、備え付けのソファに腰掛ける。

「俺の名前は芹沢伊月、22歳。君は、」

「天崎、葵……じゅうなな……」

「やっぱ高校生じゃねえか……何であんなことしたんだよ。ていうかウチ、帰らなくていいのか」

どうにも無気力そうに答える彼は、面倒臭そうに頭をかきながら俺を見やった。

見れば見るほど、その容姿は人間離れしてるように見える。

「お兄さんはさあ、死にたいって思ったことないの」

そう、その質問に、俺は一瞬なんとも言い難い感情に陥った。

俺は彼みたいに自殺を図れなかった。死にたいと思っていた、それは俺の希望だったのに。どうしても怖かった、彼が羨ましかった。自分が恥ずかしくなった。

死ぬのが怖くない人間なんているはずがないと思っていた、彼は本気じゃないにしても躊躇いもなく海へとその恐怖をも背負って進んだという事実に、俺はただ羨ましかったのだ。

何もない田舎の海に、圧倒的な死への入り口に、俺の焦がれたものに。

そしてそれと同時にムカついたのだ、きっと。俺が成し得なかったものを、俺より若い彼が目の前で起こす自殺行為に、それなのに携帯は彼方に持って行かなかったことの甘えに。

……きっと彼は、俺の存在に気づいていたのだと思う。

「思ってるよ、俺はずっと、」

「え、」

「いつからかなんてもう覚えていない──…俺は、あと五年で死ぬんだ。君は、死ぬな。死なないでくれ。…頼む」

なんとまぁ、独り善がりもいいとこだ。結局自分のことしか考えていない。彼を助けたのも、なんであんなことをしたのか、という馬鹿げた質問も。彼のその価値観を信じたくないだけのくせに。

俺はいつだってそうだ。偽善も優しさも、真面目さも誠実さも、楽に生きる為に身につけた術だ。他人の為なんざ考えたこともない、そんなのに意味なんて最初からなかった。

「ふうん…、ま、いいけどさ。俺はさあもう全部どうでもよくなっちゃって、なんつーか、なんだろう、生きてる事に意味ってあんの?って、お兄さんもそうでしょ、たぶん。俺と同じ年の頃からそうだったよねきっと。誰も、理解してくれなくていいし理解されたくもないし、なのに死にきれないし、お兄さんみたいなのに助けられちゃってさ、まぁ俺も本気だったわけじゃないんだよさっき言った通り。怖くはないけど、でも死ぬときくらいは自分で選びたい、お兄さんが羨ましい」

「羨ましい、って、」

「じゃあお兄さんが殺してよ、俺のこと、あと五年で死ぬならさ、罪に問われないじゃん。自殺するのが駄目なら殺してくれよ、その罪悪感ごと一緒に持ってってよ、アンタは死ぬ、俺も死ぬ、怖くないよ、なにも」

つい口を滑らせた、五年で死ぬという秘密を彼はやはり興味なさそうに相槌を打ったかと思えば、そんな提案をしてきた。さっきまでの口数の少なさは何だったのか、急に饒舌になったかと思えば突拍子のない事を言いだしてきやがって。こちとら泣きそうだのに。

俺を殺してよ、って、自分で死ねる勇気もない俺にそんな事平然と頼む奴いるか?しかも自殺から助けたばかりか君は死ぬなってさっき言ったよな?俺は確かにそう言ったはず…他殺ならオッケーって一体どういう解釈をしたんだ……

「は……?」

俺の間が抜けた返事に、彼はやはり綺麗な顔でニヤリと笑ったのだ。

もしかして俺は、やばい男に捕まってしまったのかもしれない。

 

ルームサービスで適当にご飯を頼んだ。ついでに湿布も持ってきてもらい、頰に貼り付ける。

そんなこんなで俺はこの怒涛の展開に頭がついて行かず、とりあえずもう一本煙草を頂戴したところだ。

彼はベッドの上でカルボナーラを食べながら、目の前にあるテレビで映画を見ている。

頰に手を添えながら、そう言えば、と聞きたかったことを質問した。

「ていうかなんで綺麗って言ったら殴ったんだよ、地雷か?」

「ムカついた」

「何にだよ……」

「俺ゲイなんだけどさっきまでおっさんに抱かれてて、まあそれはいいんだけど、どうも気持ち悪くてねっちょりしててそのキモい声と図体で綺麗だよ……ってこれまたねっちょり言ってくるから鳥肌止つし何を勘違いしてんのか付き合ってとか言われるしで思わず殴っちゃってさあ、そんで蹴り飛ばしてホテル出て家帰ったら虫の居所が悪かった親父に何故か殴られて、なんかもう涙出てきて海行って死んでやるって思ってたのにお兄さんが助けてくるしあのおっさんと同じこといいやがるからムカついた」

「俺も君にムカついてるとこだよ」 

とんでもない理不尽だった。

ていうかゲイかよ。しかも抱かれてたってなんだ、援助交際か。そういう事か。最近の男子高校生は片田舎でそういうこともやってしまうんだなと驚く。金が必要なのかもしれないな。

ゲイと言われて帳さんを思い出した。きっと事の顛末を話したら爆笑するに違いない。

コンビニボックスから缶ビールを取り出す。ここにきてから踏んだり蹴ったりだったので酔いたくなった俺は何も悪くないはずだ。

ぐいっと勢いよく飲む。左頬がやはり染みた。彼は食べ終わったかと思ったらまた煙草に火をつけた。その横顔を見つめながらまた綺麗だなと口に出してしまいそうで、ビールと一緒に飲み干す。

彼が綺麗に見えるのも、その雰囲気が、空気が、散りばめられた全てが彼を形成しているものに、俺は魅入られてるのかもしれない。

「…親と仲、悪いのか」

「あー……うんまあ、家に親父しかいなくて、ろくでなし野郎だよ。俺がこんな田舎で体売ってるから体裁が悪いじゃねえの、ザマァみろって感じだけど」

「でも殴られてさ、容赦ねえな。もっとそういうの、上手く隠してれば殴られることもないんじゃないか」

そう、俺が今までして来たように、本心も本音も、隠していれば、相手を不快にさせないように、上手に生きれるように、そうすれば諍いは起きない、誰も、傷つかない、俺も、傷つかずに済む。それが俺の普通だった。極当たり前で、自然なことだった。

そう言うと、彼はどこか悲しげな顔で俺を見つめた。

「俺は抱かれるのが好きだしそれが苦じゃない、それで金を貰うのも恥ずかしくはないよ。俺はそれで生きていくしどうしようもない親父の元で生きていくつもりはない、何を言われても殴られてもさ、俺の生き方は他人に否定されても、俺は否定したくない」

彼の綺麗さは、顔だけじゃなくて、その考え方の強さにも起因しているのではないか、と。俺の生き方は真っ向から否定された気分になった。

何もかも俺とは真逆の考えを持つ彼に、どうしようもなく惹かれてる俺がいるのは事実で。腹がたっても、俺はその美しさに、羨望し、憧れているのだと思う。

彼は、誰も信じずに生きて来たのではないか、俺はそれを、見つけてしまったのか。

「君は、」

「葵でいいよ、天崎でも、どっちでも」

「じゃあ俺もお兄さんじゃなくて、いいから。…天崎くんは、……」

「?、何」

「…………いや、なんでもない」

急に押し黙り言葉を濁した俺を、訝しげな顔で見つめる彼に缶ビールを投げる。

本当に、なんでもないよと言うと、あ、そと言って缶のプルタブを引いた。

俺は何を言おうとしたのか、きっと言ってはいけないことだ。また誤魔化して、大事なことを飲み込む。だけれどそれが必要な時もあるのだ、と自分を言い聞かせた。

彼はビールをゴクリと飲みながら、テレビを消した。

既に赤くなってる頰を見ると、酒に弱いのかもしれない。というか未成年なのに煙草吸ってるのもスルーするばかりか酒まで渡しているのはまずい気がする。言ったところで、は?と一蹴されてしまうのはわかっているので黙っておくが。

若干酔っている様子の彼がソファに座ってる俺を手招きするのでベッドに腰掛ける。

「ん…眠い」

「あぁ、寝るか」

酔うと眠くなる体質なのだろうか、くあ、と欠伸をする彼の頭に思わず手を置いてしまう。退けられるかと思ったが、もう限界らしい彼は大人しく掛け布団をめくり、入れと促した。

ベッドはラブホなのでもちろん一個しかない。ゲイだろうがきっと彼は俺なんかに欲情なんてしないだろうし、そこで俺が過剰に反応したところで失礼だろう。

弟と寝る感覚で一緒に布団に入る。ベッド上にあるパネルの電気を消すと、彼はまた口を開いた。存外よく喋る子だった。

「…そういえば何でこんな田舎に来ちゃったの、芹沢さん」

「適当に乗り継いてたら終点がたまたまここでさ……もうここに住もうかと思ってたところだけど君がいるから迷い始めた」

「ウケる、だいじょーぶだよもうあんな意味わからない事言わないしさ、俺も多分、余所者のアンタにだからこんなこと言ってるわけで…うん、でも思ったより何でも言いすぎたかも、ごめん」

「……わからなくもないから気にすんな、俺も本当は死ぬことなんて誰にも言う気なんてなかったし、そんなこと言える相手なんて早々見つからないもんな」

まさか謝られるとは思わなかった。冗談なのか本気なのかもわからない言葉はきっと彼の本心だったに違いないが、もうここだけの話という事にしたのだろう。

誰とも共有するまいと思って出て来たのに、まさかこんな衝撃的な出会いをするとは思わなかった。

彼の体温が近くに感じる。誰かと寝たのなんて久しぶりだ。

暗闇、天井を見上げる。俺は多分、ここで過ごすのだろう。そんな気がする。

彼を救いたいという気持ちか、或いは彼の強さを壊してやりたいのか、俺も相当おかしい自信はある。

「あ、そういえば俺を運んできたのって──」

そう言いながら首を傾けると彼はもう寝息を立てて眠っていた。

俺は相変わらず眠れるわけもなく、金髪のやわっこい髪を撫でて布団を出た。

彼の煙草を勝手に貰って火をつける。寝顔もやはり綺麗だった。

小さい頃から綺麗なものに目がなかった。が、それも希死念慮なんかに当たられ、全てが霞んで見えていた。何もかも、起きていることが全て、楽しいのか、美味しいのか、嬉しいのか、わからなくて。

寿命を売って、満たされたのだろうか、俺は。今日見た夕日も、月の光に照らされた彼の涙も、美しい顔も、その内なる強さも。

その全部に圧倒され、綺麗だと、俺はようやっとそれに気づいたのか。

彼が起きたらこの街を案内してもらわないとな、と考える。高校生なのだから、きっと学校に通っているのだろう。想像もつかないな。友達とかいるのか?人のこと言えないけど。

ふ、と笑って最後の一本に火をつける。

すると、彼から嗚咽が漏れたような音がした。泣いているのだろうか。煙草の火を消し、ベッドへ戻ると彼の目から涙が一筋流れた。

「天崎、」

「ッ…………う、っ」

魘されている。悪い夢でも見ているのか。頰に手を当て、涙を掬う。

いつからやっているか分からないが、金のために体を売り、家に帰れば父親に手をあげられる。母親の存在はわからないが、彼の人生は短いながらも壮絶だったのだろう。

彼を苦しめている何か、強い彼から溢れる弱さを俺は受け止めたいと、そう思ってしまっているのだから。

暫く頬を撫でていると、ぐ、と布団から彼の手が持ち上がり、俺の手を掴んだ。その手は、細くて、白くて、どうにも遣る瀬無かった。

「そばにい、て、おねが、」

おねがい、

寝言、だろうか。それもまたきっと、彼の奥底に眠っていた思いだろう。

俺の庇護欲が掻き立てられる、気づいたらベッドに横たわり、彼を抱き締めていた。背中をさすってやると、苦しそうにしていた彼の顔が戻り、安心したように眠りについたのだ。

こんな夜を、どれだけ一人で過ごしたのだろうか。

この、やり場のない気持ちを、どうすればいいのだろうか──

俺の胸の中で眠りにつく彼を見つめてから、ゆっくりと瞼を閉じた。

 

「あの、芹沢さん、」

その声で目が覚めた。1時間くらいは眠れただろうか。

彼の声が下の方から聞こえる。え……下?

ぺろりと布団をめくると、俺の腕の中で彼が目を擦りながら俺を見上げてある。

そういえばそうだった。もう朝らしく、枕元でタイミングよくアラームが鳴り響いた。

「あっ、わり、そうだった。ごめん」

「や、俺こそなんか……俺なんかした?」

「あーーいや、なんか魘されてたから。こうしたら落ち着いてさ、」

流石にあの寝言は言わないでおこうと曖昧に誤魔化す。

体を起こして彼から離れる。彼は伸びをして携帯を取ると、シャワー浴びると言って消えていった。

わりとあっけらかんとしている。夢は忘れてしまうタイプなのだろうか。

俺は自分の携帯を取り出しまた布団にごろりと寝っ転がった。携帯を開くと、ライン通知にもう一人の友達からのメッセージが届いていた。バツを押して電源を切る。

相変わらず、家族からの連絡はない。きっと、学校を辞めたことすら気づいてないのだろう。そもそも連絡を取る行為なんて、ここ暫くは無い。

数分経つと風呂場から出てきた彼は、乾いたらしい昨日来ていた服に着替えていた。

「学校は、行かねえの」

「いや〜寒いし、サボるかな……」

「あ、そう……じゃあ暇なら街、案内してよ」

「え……っていうか昨日から言おうとしたけどアンタってわりとそういうところ何も言わないのな…楽でいいけどさ」

「そういう……?あぁ、だって言ったところで聞かないだろ君」

まぁそうだけどさあ……とブツブツ言っているが、何が気に食わないのだろうか。

俺の服も乾いたらしく、脱衣所に向かおうとすると、うわ、アンタ全部吸っちまっただろ、と煙草の空箱を投げられた。

買ってあげるからごめんて、と言うとまーたそういうところだよ……と今度は溜息を吐かれた。俺はどうすればいいんだろうか……

着替えを済ませ、荷物を整えてチェックアウトの連絡を入れる。

流石に俺が全てを出したが何故かまた彼は不服そうな顔をしていた。

海の近くのラブホだったらしい。外に出るとまた海が辺り一面に広がっていた。明るいところで見ても、その海は綺麗だった。砂浜もゴミなんて一つも落ちていない。

そういえば、と寝る前に言おうとしていた言葉を思い出す。

「ずっと言おうと思ったんだけど、俺のこと、このホテルまで連れてってくれたのって誰?さすがに君には無理だろ」

「あー…………まぁ、うん。俺じゃ、ない」

「だよな〜流石にお礼言いたいんだけど、ラブホの人とか?」

「いや…………つーかお礼なんか別にしなくても……」

言いにくそうに言葉を詰まらせる彼を見る限り、どうやら相当自分にとって都合の悪い奴に頼んだのだろう。

中々教えてくれないので諦めようとしたその時だった。前の方から、ここの地元民だろうか、学ランにネックウォーマーを身につけた男子高校生が自転車に乗って現れた。

俺たちを見つけるや否や自転車から降りて、耳に入っていたイヤホンを取った。

「葵、」

「げ、慶太……」

俺と同じくらいの背丈だろうか、ガタイが良く、スポーツバックを背負っている。

今にも逃げ出しそうな態勢で、最悪と顔に書いてある彼の表情から読み取るに、この体格のいい彼がもしかしたら昨日の…そう予想するが、案の定だった。

「九条慶太っす、昨日はこいつがなんかやらかしたらしくてすみません。殴られたところ大丈夫すか。風邪とか」

「いや、こちらこそどうもありがとう……おかげで大丈夫だったよ。重かっただろう。お礼させてよ。俺は芹沢伊月、よろしく」

やはりこの子が昨日ぶっ倒れた俺を運んでくれた人物らしい。まさかのまた年下かよ泣けるな。

確かにこの体格だったら俺一人くらいホテルまで背負っていけそうだ。面目無い。

でもこういうザ・硬派!スポーツマン!みたいなタイプが彼と仲良しなのが意外だな。

ここまで人に嫌悪を表しながらも倒れた俺を運んでもらうのを頼んだくらいには、心を開いてるに違いない。

俺の隣で九条くんを睨みつける彼に話しかける。

「仲、良いんだな。友達いないかと思った」

「アンタわりと失礼だな!?ていうか友達じゃなくてただの幼馴染だっつーの……このゴリラが俺の友達なわけない」

「いや葵も人のこと言えねえだろ、この兄ちゃんぶん殴って気絶させるレベルにはゴリラ」

なんか俺が恥ずかしくなってきたんだけど。年下に何を言われてんだ俺、死にたい。死ぬんだけど。

どうやら昨日の経緯はこうらしい。記憶がない俺に九条くんが説明してくれた。

海で殴られクリーンヒットし気絶した俺を陸まで運ぶのは、水の中では浮いて重さは関係ないので簡単だったらしい。が、そこから俺を放置するわけにもいかなかった彼は、砂浜に放置してあった携帯で唯一連絡を取っていた九条くんに不本意ながらも電話をし、来てもらったのだ。

「葵、なんかあったんか」

「……なんでもねーよ、いいから運べ」

「てめー来てやったのにあんだよその言い草はよ……つーかこの兄ちゃんなんなわけ」

「知らん」

「明日には話せよ逃げんじゃねえぞ」

「うっせえ」

……などという会話を広げていたとはつゆ知らず、九条くんは俺をラブホまで運んでくれたのだ。見ず知らずの得体の知らない男を助けてくれる時点で、相当いい奴だろう。

そしてその予告通り様子を見に彼は登校前にここまで来たというわけだ。

「怪しい奴じゃないから安心してよ。訳あって引っ越して、昨日の夜こっち来てすぐに天崎くんに出会ってまぁ、うん。詳しく話せないけど……」

「…こいつの客じゃないんすね」

「あ、あぁ。そういうわけじゃない。ていうか俺はノーマルです」

九条くんは彼のことを詳しく知っているらしい。そりゃあ幼馴染なんだから当たり前か。

客、というのはきっと彼が体を売っている相手のことだろう。

彼にも心配をかけてくれる人が一人でもいるらしくて安心した。

「まぁ、いいすわ。遅刻するし行きますね。お礼は別にいいっす。…お前学校は」

「今日は芹沢さんに街案内するから行かねえ」

「留年しても知らねえからな」

「余計なお世話ー」

そう言ってそっぽを向く彼の年相応の態度を垣間見てしまい、可愛いな、などと思ってしまった。

九条くんは溜息を吐き、じゃ、失礼しますと言って自転車に乗って元来た道を戻っていった。遠くなる前に再度お礼を言うと、ひらりと手を振っていた。

彼は、九条くんの何がそんなに嫌いなのだろうか。まぁ思春期同士、何かしら事情があるのだろうが。

舌打ちする彼を宥めて、とりあえず駅へ向かいコインロッカーにキャリーケースを預けた。

「じゃ、案内おねがいするわ」

「は〜いはい。ていうかアンタわりと遠慮ないよな」

「まぁ、君のことなんか気に入っちゃったしさ。よろしく頼むよ、これから」

「へ、あ〜〜そう…モノ好きだな…」

海のあるこの街、出会いはどうにも成功だったとは言い難いが、俺は残されたこの時間、彼を見守ろうと決めたのだった。

 

 

本庄と芳村

 

典型的なネグレクトだと思う。俺はまともに親というものに育てられてこなかったし愛情というものを知らなかった。とりあえずこの家は早くでないと行けないとすぐに悟った俺は、中学生の頃からすでにお金をどう稼ぐかということはわかっていたし、多分あの頃からどこかおかしかったのだと思う。おかげで貞操観念はぶち壊れて金銭感覚はガバガバのアバズレに成り下がっちまったわけなんだけど。それでも世の中は金、という方程式は間違っていないと思ってるし、まぁ結局は金なのだ。金。
一人暮らしの資金をまず集めた。決めた時には俺の行動は早かった。中学生なんてまぁ珍しいとおっさんは群がったしお金はアホみたいに入った。馬鹿みてえに働くより自分の身体を売る方がどれだけ楽か、中学生にして思い知らされたのだ。
そんなことはつゆ知らず、高校進学はさせてくれた親に感謝こそすれ一人暮らしするからという俺の言葉は見事に聞き流され、放任主義もいいとこ俺は中学卒業後親の認知も怪しく家を出たのだった。
いや普通お金の出所だとかこれからの資金がどうとかむしろ反対されるかととかあれやこれや心配し…てたわけじゃなかったから都合は良かったのだが。俺はこの身体と引き換えに、晴れて自由の身を手にしたのだ。万歳。
そして引っ越し完了まで全部一人で行い、俺は自分の自立心に感動した。ネグレクトの親を持つと家事掃除料理はお手の物になるのだ。それがいいことか悪いことかは微妙なとこだがこのスキルは後々役に立つなあと、ポジティブに考えた。
春。四月。俺は高校進学を果たす。ようやく幸せになれるかなあと胸を高鳴らせ、それでもきっと変わらないものもたくさんあるとどこか自嘲気味に足を運んだ。


「おじさん、もう帰るからね。いちくん、お金ここに置いとくから。学校遅刻しないようにね。じゃあ」
「ん、」
低血圧なのは相変わらず、寝起きは最悪。ベッドから手だけ出して手を振る。
相変わらず身体を売ることでお金を作る生活を送っている俺、幸せライフはどこへやら。まぁそうでもしないと生活できないのが現実で、だがせこせこ働く気にもなれなかった。
今更そんな真面目になんてなれないし、自分が気持ちいいことは変わりはないので。きっとこのままちんこを突っ込まれて生きていくのだ。
彼女もできないし、っていうか男とセックスして金稼いでるやつに彼女なんてものできるはずないんだけど、四月はこのまま過ぎて行きそうで、ぼんやりと部屋の天井を見つめる。とりあえず風呂。
しかしまだ知り合いにバレていないところ、俺もうまくやるもんだ。いつクラスメイトにバレてもおかしくない状況の下、ギリギリの綱渡りをしているようなもので。名を変えて連絡を取ったり相手の情報は洗いながら、何とか上手くやっている。もうこれで稼ぐしか生きていけないのでは、と俺自身も心配する程で。暫くしたらコンビニだとかでバイトでもしようかと考える。
いちくん、"いち"という名は本名の本庄一弥の一を取っただけ。自分でも適当すぎだろと突っ込んでいるがまぁ気に入ってる。
ヤってる最中に自分の本名連呼させられるよりはマシといえばマシだ。
「さーて学校行きますか」
風呂から上がり、髪を乾かす。わりと上客だったからラブホじゃなくていいホテルだった。駅からも近くて、そういう気が利くところがわりと気に入ってるおっさんの一人。既婚者じゃなければさらに株は上がっていたのだが。まぁそんなもんだ、世の中というものは。封筒に入ってる金はいくらだろう。気怠げに荷物を持って携帯の時刻を見る。遅刻は確定だった。金額確認は学校でしようと、足を急がした。


「おはよーございます」
「遅刻だバカ、入学して何回目だいい度胸だなあ本庄。ついてこれなくて泣きを見るのはお前だぞ」
「まーまー、落ち着いてくださいって。入試トップ舐めないでくださいよー」
案の定遅刻した俺はサボることなく堂々と登校。教室に入るとこめかみをピクピクさせてる担任。クラスメイトの注がれる視線。まぁこれが一回ならまだしも入学してから2週間、遅刻欠席早退サボり合わせると7回はやらかしてる。そろそろ指導が入ってもおかしくないなあとどこから他人事のように思いながら、これからは真面目に行こうかなと考える。
そうは言っても入試トップなのは間違いではなく、俺に愛情を与えなかった親も神様も学力だけはと備えさせてくれたのだろう。あとただ単に勉強しかすることがなかったし、金稼ぐ前…小学生だとか中学生活前半は親のせいで遊ぶものも無かったからこうなるのも仕方はない。大学だとかに行く気はないが勉強しといて損はないと思っていたし、ケツで金稼いでる時点で下に見られてるのは分かり切ってることだ、その上馬鹿だったら救いようはない。そもそも生活の大半は家事に回されていたからずっと勉強していたわけではないが、まぁ授業を受けて教科書読んでりゃできるもんで、要領良く生きる技術はなんとか持ち合わせていた。
「一弥おめーまたかよ」
「んー、まだ眠いわ…昼は俺眠る…」
「あいよ、明日はこいよー」
「あーい」
後ろの席の高校で初めて出来た友達、山口悟に小声で話しかけられる。昼休みはいつも他クラスの愉快な仲間たちと遊びのバスケで汗を流して楽しんでいるけれど今日はむり、金を数えます。あとマジで眠い。
…そう、俺は男とセックスして生活している部分を除けばそこら辺の男子高校生と変わらない生活を送っているのだ。
我ながら擬態がうまいなあと感心している。
山口はバスケ部の推薦枠で入学していてまぁこう、控えめに言わなくても馬鹿なのだが、入試トップの俺が案外こんな性格だったので気に入ったらしい。よくわからん。でもきっと期末で泣きつかれるのは目に見えている。顔はそこそこイケメンだがおれのタイプではない。っていうか俺は別にゲイってわけじゃない。つーか彼女が欲しいんだよ俺は。
シャーペンでノートにガリガリと落書きを書く。暇だ。ここの単元は入学前に終わらせてある。ぼけーっとしながら窓の外を見た。今日は特に何もない日で、明日は確かどこかの社長さんと飯を食いに行って…そんなことを思い出しながら時間は過ぎていき、気づいたらチャイムが鳴った。待ちに待った昼休みだ。
「んじゃー俺は寝に行くわ」
「5限はサボるなよー。体育バスケだからな」
「でたバスケ馬鹿」
「うるせーよ!」
鞄を掴み、教室を出る。普段屋上は閉まっていて開かないようになっているがピッキングの技術がある俺には鍵なんてないようなものだった。流石に盗みなんかはしないが、このくらいなら許してほしい。
重たい鉄のドアを開けると青い空と殺風景な風景が目に映る。そのど真ん中まで我が物顔で歩いて行き、鞄を放り投げて枕がわりにする。硬いコンクリートが身体を受け止める。春の心地の良い風がふわりと屋上に桜の花弁を運んだ。
眠気には勝てそうにないがまずはやることがある。おもむろにブレザーのポケットから煙草を取り出してライターで火をつけた。煙を吐き出しつつケツポケットにねじ込んである例の封筒を取り出す。
「今日はいくらかな〜」
指で札を弾きながら数えるのももう何回めだろうか。通帳にどんどん溜まっていくお金は俺に余裕を与えてくれる。お金は俺を裏切らないのだ。
8枚入ってた紙切れを財布に突っ込む。今日も上々の結果だ。
短くなった煙草を屋上の床に擦り付け、仰向けに寝転ぶ。俺はそのまますぐに寝落ちたのだった。

 

4月も過ぎ、ゴールデンウィークも終わり5月半ば。俺は相も変わらず同じ生活を繰り返してた。少し変わったことといえばバイトの求人雑誌が部屋の片隅に置いてあるくらいだ。
部活も帰宅部でウリをしない日は部活休みの友達と放課後に遊んだりまあまあ充実な生活を送っている。
そろそろ指導が入ると面倒くさいと察した俺は真面目に学校にきているし、サボりもそこそこに勉学に励んでいる。普通の学生となんら変わりない。
しかし最近妙に視線を感じることがあるのだ。女の子だったら俺に気があるのではと友達に相談をするものだが、たぶんそれは男で、いや間違いなくクラスメイトの男だった。
確か名前は芳村啓吾。口数が少なくて表情筋が硬い、そして真面目。いかにも運動部をやってそうなガタイの良い男。見るからに俺と真逆そうな性格で硬派な印象。でも確か帰宅部だった気がする。俺の印象はその程度で、俺のいるグループとは特に関わりはない。
「芳村、か」
それも好意という訳でも嫌悪の目でもなく、興味、あるいは監視、か。もしかしたら俺のしてるコトがバレてるのかもしれないが。ここで俺から意識しだしたり話しかけたりすればきっとこいつは深く追求してくる。そんな面倒臭い事はごめんだ。俺は知らないふりをしようと決め、視界にあまり入れないようにした。
しかしその数日後、事件は起きた。

繁華街のラブホテル、そんな安っぽいラブホテルで久しぶりに会ったおっさんとヤり終わった後だった。制服を着たままなんて失態は犯さない俺はしっかり私服に着替えて出た。いつもだったら朝までコースだが最近の俺は真面目になったもので終電までには家路に着くようにしている。携帯をいじりながら歩いていると、男にぶつかった。どう考えても俺が悪い、すみませんと下げていた頭をあげるーー、するとそこには見覚えのある顔があった。
件の男だ。クラスメイトの芳村。血の気が引いた気がした。こんな所で、一体。まさかラブホなんかに用があったわけではあるまい。もしかして俺を尾けて、いやそんなバカな。そこまでするほど俺はこいつと、警戒した通り関わってもいないのに。どうして、
「本庄ーーこんな所で何をしてるんだ」
「いやこっちのセリフなんですけど…………」
「俺は………、別に。どうでもいいだろ」
「いやよくないからな?!尾けてた!?何俺のこと好きなの?!」
思わず声を上げてしまった。何故なのか、と詳しくいうつもりは無さそうな芳村の態度にイラッときてしまった。こんなこと言うつもりはなかったし、いつもの俺なら上手く躱して逃げれたのに。この場を上手く収束させる方法などこの時の俺には全く頭になかったのだ。
しかしもうこれ以上ここにいるのもまずい、こいつは制服姿のままなのだ。学校からそのまま尾けてきたのだろう。よく警察に補導されなかったものだ。馬鹿なのか。
「とりあえずこっちこい!帰るぞ!」
グイグイと芳村の腕を引っ張る。もうなんなんだよ一体最悪すぎるだろ。
本当はたくさんの言い訳を用意していたはずなのだが、もうここまできたら戻れなくなってしまった。俺の不用意な発言の所為で。なんとも俺らしくないことをした。気が動転していたーーだってあの、あの芳村が。いやまあ元々の監視されてるような視線は感じていたが。ここまで行動的なやつだとは思っていなかったのだ。
「本庄、おい、本庄」
「何、アンタ制服でこんなところウロウロしてたら捕まるかもしんねえの。早くここから離れてーー」
「その、終電が、なくなってしまって」
アアアアもう嫌だ……最悪……そして見捨てられない俺も最悪……俺の所為?なのか、少し罪悪感を感じてしまうくらいには良心はあったもので。駅について眉毛を下げながらそう言う芳村にクソ、犬見てえに…!と若干震えながらはぁ、と溜息を吐いた。
「あぁもう、じゃあ今日はもう俺の家泊まれよ。一人暮らしだし、聞きたいこと聞けてないし……」
「一人暮らし、なのか」
「そ、だから問題ないって。親に連絡して、俺の方面はまだ終電残ってるから」
俺を待っていた所為で終電を逃したなんてなんとも目覚めの悪い。ダチですら一人暮らしのことは言ってないのになんてことだ。言いふらすようなやつではないことはわかっているが、もう面倒ごとは嫌いだ……
揺れる電車では終始無言で、最寄駅に着き自宅のアパートに帰る途中にコンビニに寄り飯を買った。
芳村は何か言いたげな表情で口を開いてはぐっと噤んでいた。聞きたいことは山ほどあるのだろう。こんな俺に興味を持つこいつの感情は一体どこからきたのだろう。お人好しなのか、好奇心なのか。
アパートに着き、鍵を開ける。
「とりあえず飯食おう。腹減った」
「あぁ……」
キョロキョロと部屋を見渡す吉村に座れと促す。テレビはつけなかった。すでにレンチンしてある弁当を開けてお互い手をつけ始める。
沈黙を破ったのは、彼方からだった。
ペットボトルのお茶を飲んで、一息。上擦った声が頭に響く。
「本庄は、……その、援助交際、してるのか」
「……アンタほんと直球だな……もういいや、否定はしない。それで稼いでんだよ、俺。見損なっただろ。入試トップがこんなんでさ」
「……」
ヘラりと笑いながらシャケをつつく。援助交際ーー聞こえは悪いが実際そうだ。でもそうやってお金を稼がないと生活はできないし、もう生活の一部となってしまっているこの行為を俺はやめる気はなかったし、セックスが純粋に好きだったから、それで良かった。
ただそれを指摘してくるやつに出会ったのは初めてで、俺はなんともいえない気持ちになる。親でさえ関心を向けることがなかった俺のことを、こいつは。黙ったままの吉村に俺は気になっていたことを尋ねた。
「次は俺の質問、どこで気づいた。完璧に隠してたはずだったんだけど」
「あぁ……金を…、数えてるところを見たんだ」
「あ〜〜……いやでもそれだけで気づくかフツウ……安直すぎだろ俺男だし」
「あと、何だろうな。雰囲気が、時々変わる、というか。その、言葉にできないのだがー」
「はは、アンタ口下手そうだしなあ。よく俺のこと見てたけどそういう事?」
「いや……!俺はただ、心配して、」
顔を赤くして訂正する芳村に少し笑ってしまった。雰囲気ってのがフィーリングすぎて理解できないのだが。そうか、金を数えてるところを見られてたのか。まぁ我慢できずにトイレとかで中身見てたこともあったしな……迂闊すぎるぞ俺。
でもまあ見られてたのが芳村で良かったかもしれない。こいつは超のつくお人好しで世話焼きなのだ。
食べ終わった空の弁当を捨てて煙草に火をつける。もうここまで来たらこいつに何を知られてもいい気がした。
「芳村もさぁ、こんな男に抱かれてる男なんかを構ってないで別の事でもすれば?部活とかさ……アンタいい身体してんじゃん」
「……部活は、中学までしてたんだ。怪我をしてしまってーー諦めた」
「……そうだったんだ、ごめん」
「別に…………」
う、こういう沈黙はきつい。しぬ。
怪我、か。だから帰宅部だったんだなと納得する。
「でも芳村もよくやるよな、ラブホ街まで尾けるか普通……しらばっくれるしよ」
「それは…悪かったと、思ってる。ただ、俺は、」
「何、やめて欲しい、とか?」
何となく、その後に続く言葉がわかった気がした。図星だったのか言葉を黙らせる芳村。そんな事だろうと思っていたが。ほんと、実はこいつ俺に気があるんじゃないかって思ってしまう。
でもここでその事について話し合うなんてまっぴらごめんだし。とりあえず俺は眠いんだ。明日も学校だし限界。短くなった吸い殻を灰皿に押し付ける。
「もうさ、聞きたい事とかお前もあるだろうけど放っておいてくれ。とりあえず今回だけ。もう眠いし寝ようぜ」
「でも、俺は」
「頑固だな……なに、俺を抱けば気がすむわけ?」
挑発するようにそう聞いてしまうのは俺の性なのだろうか。こいつとそうなりたいわけでもましてや友達になろうとすら思っていなかったのだけど。こいつの妙に熱い視線や、赤く染める頰に当てられたのかもしれない。
そして、……こう言ってはなんだが芳村の身体はすごく、すごく俺のタイプなのだ。クラスメイトとヤるなんてそんなリスクは死んでも抱えないが、でもやっぱりこの身体に抱かれてしまったら、などと考えてしまうのは俺の貞操観念がとうの昔に無くなっているからであって。
どうしても気になってしまう。職業病かよと一人で突っ込んでしまう程には冷静さは欠いていなかった。
「本庄、」
「なん、だよ」
熱い眼が突き刺さる。冗談めいたその言葉を本気で受け取るのがこいつなのだ。